小さなおもちゃ

僕は、僕らは、何でも見通すように誤解されるけれど、例外はある。知性と感性を何人分も投入して、理解できなかったことはある。それは、逃げ出す前から逃げ出すことを決め、矮小な精神の殻へ閉じこもり、自分に立ち向かう全てを堂々否定し、にもかかわらず実生活ではおどおどと自信なさげに暮らしている人間たちのことだ。今回はその話をしよう。

この二つの例をまずは比較して欲しい。例えば、”私は純粋な人だ”、と感じている人がいたとする。彼の内から出る感情が自身を肯定的にとらえ、自分は擦れたところのない人間だと自認しているのならば、それは善いことだ。だがもし、いかに自分自身が純粋であるかを言葉を尽くして説明仕切ろうとするならば、確信に近い疑いを人々は彼に対して向けるだろう。例えば、”私は純粋だ。なぜなら私は異性と関係を持つことはなかったし、金銭に執着することはなかったからだ。それに人を殴った経験もない”、という人がいたとする。あなたは、他にも悪徳に類する経験が、彼になかったかを問いかけたくなるだろう。少なくとも意識の上で、彼は提示した三つの悪徳に対し能動的な働きかけを持ったことを示している。つまり、彼は少なくとも言葉で言い訳を企てる程度には擦れているのだ。彼は純粋さの証明を持ちたいとして、とりあえずの理屈で肉付けをした。だが、感情は感情によって説明される場合がもっとも正確だし、論理は論理として説明される時がもっとも齟齬がない。そして、後者の例、純粋でありたいという感情といびつな論理の関係が劣化を起こし、発達を拒んだ例が、”彼ら”である。

”彼ら”は人間の形はしてはいるが、今日、人間らしく扱われてはいない。なぜならば、言葉を話す程度に愚かだからだ。”彼ら”は、物覚えの悪い健常者として社会からは扱われる。しかし、多少の社会的感情を理解する程度には知的だから、人が自分を悪く扱ったことは理解する。”彼ら”は憎しみを溜め込み、それゆえに人格は歪み人を愛する心は育まれる前に失われる。そして、社会を嫌悪し始める。全くの無知ならば、人々は理解もするし、愛しもする。だが、人間の形をして人の足を引っ張るばかりの存在ならば、人々はそれをすんなりと嫌悪するだろう。そして、嫌悪したなりの扱いを”彼ら”に施すだろう。しかも、”彼ら”は奇妙な形をしているから、人が”彼ら”を嫌うのはあまりに自然すぎる結果である。

”彼ら”は無知ではない。強力な感情で、自分の価値や理性を肯定する。感情というものは、社会化されなければより強くなる。猛り狂うというのは、人間がまだ野生だった頃の習性である。猛りは、理性と感情の発露だ。人間はそれを失って久しい。だが、”彼ら”の中には、この理性と感情とが未分化の時代の祖先の血が生きている。だが、”彼ら”は、猛り狂わないでいることを躾けられる程度には知的である。表面上すべてをなかったことにするくらいには知的である。そして、”彼ら”は人を喜ばせる事が大の苦手だ。なぜなら、それをしたいとは思わないからだ。他者の存在など根本的にどうでもよく、自分の立場ばかりを気にかけている。人を喜ばせる方法など数えればきりがないが、彼らにできることは全く無関心で話を聞くふりをするか、優しい言い方で相手の粗をつつく会話だけだ。

人間でないのならば、神ではなく、よりいっそう下等な種類の動物に身をやつす。だが、”彼ら”は言語化されない次元で、自分自身を神聖視している。なぜ言語化されないかと言えば、言葉を操るほどに発達した知性は持たないからだ。ある種の経験的直感、本能的な衝動で以って、全てを否定する。予測可能な範囲から飛んでくる石であれば、感情の力でそれを克服する。この違和感は、論理や言語の次元にある。彼らの言う彼ら自身の理性の根拠は理性にしか求められない。にもかかわらず、”彼ら”は感情と論理が分かれる遥か以前の状態で停止している。しかし、悪態を垂れ流すくらいには社会化されている。だがあまりに弱く、僕らでは理解が及ばなかった。彼らにいくらかの具体性を付与するとすれば、それは”真の弱者”と呼ばれよう。だが、まるで意味をなさない人間たちを理解する試みは、結局失敗に終わった。わかったことはと言えば、生きていればあれらを踏みつけないよう避けて歩くのは、大変な困難であるということだけだった。