I、II、III、と重いものが続いているので、この辺りで解説を組み込みながら議論を整理していきましょう。特に、美しい少年の実存について詳しく理解をしていきたいと思います。今回の文体は、中の強くらいでいこうか。
実存/現実存在:美しい容姿 本質/意識:優れた内面 ジョセフ・バラ(1779-1793) 美しい少年の存在論、ついに第三回です。最近はnoteでも紹介してもらえたので、潜在的な需要があるテーマだと確信しています。それでは、今回は美しい少年を支持する気配とその性について考えていきましょう。IIIの議論については、"美しい少女、美しい少年"を継承しています。まだの方はそちらもどうぞ。じゃあ、今回の文体は中くらいの硬さでやってこうか。
とげを抜く少年の像(ドイツ) 美しい少年の存在論、第二弾です。こういう記事こそコンタクトフォームから(好意的な)感想が欲しいものです。さて、第一弾は、徹底的な男性優位の貴族的世界観を描写することで歴史上語られる美しい少年の存在論の説明を試みました。それで、今回の"美しい少年の存在論 II"では、よりこの課題の外側の骨格についてやって行こうと思います。今回は、文体を崩して気楽にやっていこう。
マルクス・アウレリウス・アントニヌス(少年時代) さあ、形而上的雰囲気を満喫するべく古くて新しい分野の話を始めよう。それは、美しい少年の存在論です。形而上と形而下と二つの仕組みから、簡単に理解していこう。男性と美しい少年の間の特殊な状態とは、歴史的には真実の愛とされることであり、まったくの精神的な営みだったのだ。
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