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141.2 / インタァメッゾ 1-20話

2/13/2018

 
オリバーの大学生時代の自伝小説
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僕は大人になる
彼の愛した僕を捨て
僕らは永遠になる


141.2 / インタァメッゾ 01
 
 「ねえ、知ってるかい?」
 
 「何を?」
 
 「男の子は、シュガーと星屑とバターでできてるんだ。」
 
 「へえ。なら女の子は?」
 
 「とても恐ろしいものでできている。」
 
目覚まし時計の音の中を、夢の感覚が跳ね返って、現在に過去と未来を浮き彫りにする。すこしずつ取り戻されてくる自分自身を実感するにつれ、目覚まし時計の電子音が頭の中をかき乱す煩わしいものだと気づく。そうだ、街でコーヒーを買ってから今日を始めよう。今日を始めるためにはシャワーを浴びないといけない。僕の髪の毛は、一度は洗って乾かさなきゃ、ひどく丸まって格好がわるい。狭くて人当たりの良いこの部屋には、小さなシャワー室がある。その隣にはトイレがついていて、星柄のシートを一応をひいたから、誰かがシャワーを使っていても、人の裸を鑑賞せずにトイレを使うことができる。だけど半透明だから、星柄の向こうを想像するのは自由だ。この部屋に人を泊めるかは、わからないけどね。そういやあいつ、名前が思い出せない。名前だけじゃない、顔さえどこにもない。だけど、こいつが今日の夢の中で言っていたんだ。人間は、自分の好ましいものには最大限、精いっぱいの言葉ってやつで、なんとか間を取り持たせようとする。そして、嫌いなもの憎らしいものには、呪いの言葉を浴びせかける。シュガーと星屑とバターだって?全部お前が口に入れて食べられるものじゃないか。ほつれた糸を針ですっかり取り去ってしまう。わずかな隙間に縫い針を滑り込ませ、針の持つ冷たさが生ぬるさに変わる頃、おかしなぼやけた像が滲んでみえる。頭を数度振って憑りついた幻覚を振り払うと、僕は糸を取ってしまうつもりなんだったと思い出す。始めは器用にやっていたことも、とても不器用でやっつけになっていく。何もかも適当じゃないとやりきれない気持ちだ。何度殴るようにたたいて止めても、日本から持ってきたこの目覚まし時計は壊れない。あまり勢いをつけて叩くと、電池がとれてしまうから、加減というのを無意識でしてしまっていたのかもしれない。シャワーを浴びる前に、昨日買ったオレンジジュースの残りを飲んだ。搾りたては、まるで星屑のような憧れる香りを放っていたのに、ひと晩経ったらプラスチックボトルのものより不味いまがいものになっていた。時期を逃したシュガーと星屑とバターは食べられない。育ちすぎた竹を茹でて食べるかどうかという話をするほど飢えれば、答えも変わってくるだろう。

人の恐れは手に取るようにわかる。彼に未来があるからと言って、彼に触れることができないのは、手にしたものが失われるのが怖いからだ。彼自身の持つ放埓さがあなたの手に負えないということもあるだろうし、彼は永遠の少年でいてくれるわけでもない。彼はいずれは恋をし、家庭を持てば子供も持つだろう。彼自身も、彼の美しさも、すべてを手にして奏でることができないのなら、なにもかもから身を引こう。あるいは、手にしたとしても損なわれてしまうものなら。彼は私の心の中で、永遠の一部、レクタングルの縁取り、避雷針の傍受した香気、奏でられるべきだった楽器で居続けてくれるのだから。この楽器は選り好みをしたりはしない、ただ一番に愛するのなら、この楽器は良い音がするだろう。だけど、僕は歌は歌わない。それは美しい声をしているといわれるから。そういう移り気さに、ためらいと恐れとを感じるのなら、彼が歌うまでぶって躾けてやればいい。僕は決めた、オルガンは売る。1400ユーロくらいにはなるだろう。芸術が芸術を奏でるなんて、とんだ矛盾だから売る。僕を弾きたいやつは、勝手にやればいい。朝を朝と呼ぶのはやめにしよう。だけど、昼から朝を始めることはできない。もう少し早起きが必要だ。少しだけの用心と節制とで、変われるものだろうか。変わらなければいけない。それが人間の歴史というものだ。少しだけ振り返ろう、この感覚の出所を探るために。
 
 
 
 
141.2 /インタァメッゾ 02
 
直観の避雷針をうまくなぞれない手が、愛するというんだ。優しさは全てを狂わせるって知らないの。どんなに僕を大事にしてくれたって、抱いたり寝たりしてくれないんじゃ、僕は要らないってことだよ。失われたものを取り戻してはいけない。それはもう失われてしまっているんだ。愛するの、愛さないの、この恋はつまらないよ。だって、あらゆる主導権が僕の手の中に握られているんだ。そして、真っ赤な血は流れて、そこにいた鳥が鳴かなくなってしまった。こんなの少しも良くないし、僕の何倍の時間を何をして生きてきたの。肉体一つ満足にさせられないなら、面白い薬でも用意してよ。ずっと笑って、世界がきらきらして見えるようなやつをさ。

ねえ、僕の指の味は何の味がするの。ずっと横になっている、けれど僕は生きている。皮膚の上を這う荒れた手の感触は、痛みの一歩手前だ。布地の粗さは憧れの質感があるのに、人間の老いた指は左右で音の時間が前後するヘッドフォンだ。音楽にのってしまおうとすると、両者の決定的違いに気づかされる。この指は愛しているんじゃない、欲しているんだ。そんなに僕の指はおいしいの。ああもう、きっとよだれまみれで、嫌な臭いがするんだろうな。それは本当に僕の手だったり足だったりするんだろうか。

今という状況が人間の吐く息で埋め尽くされていると、遠くから静かな声がしてくる。過去の片づけが始まる音がする。すこしずつわかるようになってきた。結局人間はとても単純なのだと思った。「どうすれば、彼らは僕で癒されるの?」と言った。「かわいいからでしょ。連れて歩いたら気分いいじゃない。」と彼女は答えた。持つべきものは気の利いた女の恋人だ。人間扱いされたいものだ。お人形扱いされて接待されて、それでうれしい気持ちになれるおもちゃじゃない。人間は全てを望むものだ。醜いことでさえ、それも人間なのだと知れば自然なことだ。おもちゃは壊して遊ぶとわかりやすい。彼らのする未来の話ほど縁遠い物はない。善人ぶって未来の話をする奴は、僕を見ちゃいない。どうして自分は絶望したのに、僕の未来を気にかけるんだ。一緒に死んでほしいのなら、そう言ってくれさえすれば考えるくらいはするよ。どうして自分が絶望した世界に、僕を置き去りにしようなんて思うんだ。それは、わがままだよ。悪者になりたくない奴の使う、偽善ってやつだ。愛はもういい。人間なんか嫌いだ。みんなが役を演じている。あなたも僕を愛する人って役をうまく演じて見せてよ。彼をうまく愛せない人なら、彼は要らないって言うと思うよ。だからこの恋はつまらないんだ。誰にも話すことができない。それは恋でさえない。
 
 
 
 
 
141.2 / インタァメッゾ 03
 
わずらわしさがどこからやってくるのか。このわずらわしさは、呼吸を続けているからだ。何もわからずに、この空気を胸の半分くらいまで吸い込んで吐き出している。僕の時間のインテルメッツォ。この間をうまく生き長らえるには、知性よりかは単なる機転が要るだろう。少しだけ歌って、それから動物園の中のカフェで、宇宙を模して天体の吊るされる音の跳ね返りに耳を澄まそう。悪くない一日の折り返し方だ。人工的な自然は、とても人間的だ。動物を飼って、宇宙の音を掻き鳴らすのは、人の営み以外の何物でもない。自然が一番、人間なのだ。人間は自由だ。だがそれは、まず人間であるという本質的な前提を欠いては成立しない話だ。あいつはあのとき、僕を殴りつけようとした。だから、僕は避けてやった。「お前は偽善者だ。」と言われて、僕はこう返した。「殴られる馬鹿になんかなれるもんか。」偽善で売れる愛なんてない、だから僕は偽善者にはなりようがない。「救いが欲しいのなら、女を愛せばいいのに。」僕は言いすぎたと臆病になって、部屋をすぐに出た。軋む階段の音で、何かを感付かれはしないかと不安になった。僕は偽善者ではないが、用心深い人間ではある。ああいう人間たちは、僕のことが好きなだけで、愛してはいない。好きであることと、愛することは異なる。好きであると表明することは誰にでもできることだが、愛すると証言することには相手の同意が必要だ。だから、飽きてしまう。愛の在り処を知れないことを、僕の前で実証して関心を買おうとするのは間違いだ。面白いはずである新しい人間よりも、いつもの友達と、まったくくだらない仮定を論じ続けるほうが楽しい。それからアイスを食べて、お互いの持つもっとも鋭い性質が刃こぼれし始めるあたりで家に帰る。それは、脂肪が多いから欲を張って、多めにしたりしないことだ。彼の半分を僕はいつも注文する。アイスを舐め終わるころには、心地よい疲れを感じ始めている。僕らは親しいのにずいぶん遠い。僕は愛には恵まれないが、友人には恵まれている。この不自由な平衡さで以ってしても、間奏を、永遠に続けることはできない。
 
 
 
 
 
141.2 /インタァメッゾ 04
 
僕らはたまにメッセージのやり取りをする。そこに刻まれる新しい思い出の数に圧倒されないように、僕も新しい思い出を作っておくようにする。つまり、準備をする。時差や距離だけでは測れないほど、僕らが遠く、まったくの無関係になってしまっていないか、考えをめぐらす。友情なんてものを心から信じられるほど、僕は馬鹿じゃない。人が生きる上では、友情というのは死んでしまわないでいられるだけの充足感を与えてくれるだろう。あの感性にできるだけ早く名前を付けてしまわなければならない。一度過ぎ去ってしまったら、もう一度体験するのは何か月か後のことになる。あれを再確認して、頭の中で分類を済ませたら、いくつかのやり方で使い分けよう。その中でも最も難しいのが、その通り再現するやり方だ。これは迷彩ではない。鋭敏な感官さえあれば、誰でも気がつく話なのだ。僕は器用ではない。わからない人間をわからせるためには、銃口を向けることしか知らない。結果の出ない話し合いと結果の出る武器とを天秤にかけたことがない、そういう種類の人間は話し合い向きだ。Bluetoothが切断されていたから、改めてPencilをiPadに差し込んで抜いた。この感覚はキーボードでは遠い。言語のような何世紀も前に行き詰まりを感じている表現手段では、この感覚を説明することはできない。それがどんな匂いで何色をしていたのかは、ペンで線を引く方が早い。あの感覚は思慕と石膏の間にあるものに近くて、銀色でぼんやりと赤く光っている。ここにあるものは、楽園の残りかすだ。ここにはいくつかの決まりごとがある。愛されることは殺されること、崇めることはもて遊ぶこと、彼を殺しても彼のために死んではいけないこと。ある少女がいた。彼女は全てが欲しかった。お人形ではない本物の生きた妹が欲しかった。「お姉さまがいるほうがすてきじゃない?」ある醜い少女は言った。それがどれほどかというと、目は細く鼻は横につぶれ、肌は橙で毛は黒々と縮れて垂れ下がっていた。そこへ彼女は嫌悪を催しながらも、なんとかこう切り返した。「そういうお姉さまになりたいの。」僕らが生きている時間は人間が生み出し、人間が狂わせ、自由の息の根を止めたところにある。今の僕の住む土地の名前は不名誉。まともな男なら黙っていられる場所じゃない。サヤと話した後はよく気がつく。僕は黙っていることに若さの持つ蒸気する力のすべてを注ぎ込んでいる。三年以上経ったし、もし街で出くわしたら、サヤは僕のことがわかるだろうか。僕はきっと、彼女がわからない。感覚の輪郭が滲んで、螺旋の中を幾何学的思考だけが通り過ぎる日々に埋め込まれて何年も経つ。その冠は要らない、僕のその覚悟は今はまだ別のことに使いたい。僕にそれをくれて、どうするの?僕は愛していた、だから、少しだけ正統的な生き方を選んだつもりだ。時計の針が前後する。数秒前の感覚が何分後にやってくるかを、頭蓋骨をうまく包んで見せる皮膚が感じ取る。脳の全てがこの狭い室の中に閉じ込められているとは思えない。機械思考と名付けよう。この、数秒から数分の未来と過去を僕という器官を通して結びつける一連の癖の名前だ。チューブ製の歯車が、透明の時間を繋いでいる。これは精神と肉体という問題ではない。もっと無機質で色のない、過度に人間的であるよう計画された人工楽園のかけらだ。このかけらから、歴史というあこがれの音色を紐解こう。何ものかに屈して、尊厳を売るのではない。そもそも、尊厳を持って生まれない人間の声ばかりがする。未来が既に呪われた悪夢であったとしても、過去に殺されるよりはよほどましだ。
 
 
 


141.2 /インタァメッゾ 05
 
 「いいよ。そのままにしていて。」
 
 「どうして?」
 
 「義務感でやってるだろう。」
 
仮面の下はなく、自分が登場する劇も知らない。僕は子供のころからある役を演じている、あるいは、演じ切ることにした。それを義務感というのなら、そうだろう。男はキスをするなといった口で、僕の唇を嘗め回した。僕の瞳をのぞき込んで、瞳孔が開いているといった。僕の頬をさすって、その赤色が皮膚の下を走る無数の細い血管によるものだと突き止めた。それから息を吐くように、本当に幼くて愛らしい唇だ、と言った。
 
 「君、この肺は違っている。肋骨だ。肋骨が違うんだね。華奢な体をしているのに、肺がしっかりしているのはスラヴィックだよ。」
 
 「肺活量はあるほうだったと思うよ。」
 
 「君が歌ったらさぞ声は響くだろうね。さあ、うつぶせになって。」
 
 「先生は歌も教えるの?」
 僕は気だるかった。このまま人の臭いのしないベッドの上で、ぼんやりとしていたかった。男の不満そうな顔を知って、黙って体を横向きにした。
 
 「この痣は何?」
 
 「おじさんが昔やったんだ。ペンを突き立ててさ、痛いともっと感じるって。」
 
男は寝床から這い出ると、何かを突き出した。暗がりだから、大体のものは一本調子で色がない。受け取る瞬間の感触。硬く、毛羽があって冷えた生地の感触は、さっき僕が脱がされたジーンズだと気が付いた。
 
 「何?」
 
 「履いて。」
 
 「何で?」
 
 「送るよ。」
 
 「続けないの?」
 
 男は黙っていた。目線は床に落ち、静止した表情に涙を浮かべていた。
 
 「俺も、女と結婚しないといけない年だ。周りがうるさくなってきて。」
 
 「ベルトとってよ。」
 
何度と遊んだ後で急に冷めるのはずいぶん遅い。僕は熱されていなどいなかった。肌が赤くなり蒸気がでるようになっても、僕の心は冷却されすぎて凍り付いたままだった。自分が触れているものが、生と死の間に位置する存在だったということに、今の今まで気づかなかったとでも言うのだろうか。
 
 「君が帰った後はいつも、ベッドから君の匂いがする。この香水、街でも嗅ぐよ。」
 
 「ラズベリーの香りが?」
 
 「車を出してくるから、服を着て。」
 
僕なんかで怖気づく奴には、ブラームスが似合いだよ。機械みたいに楽器を再生するだけが関の山さ。そう言おうと思ったが黙っていることにした。どんなにモノトーンな男でも、音楽家なら僕の首を絞めて折るくらいの激情は秘めているだろう。病的に血の気を失った僕の首の色は、痣が残る以外は折られても同じ色をしているだろう。男は無言で僕を見つめていた。脚はずいぶん短く、身長は僕より少し高いくらいだった。それでも、その脚は僕より短かった。冷蔵庫に積んだ牛乳やらを水代わりにして、この男の体はここまでだらしのないものになったのだ。
 
 「いいよ。歩いて帰る。歩くの、僕は大好きなんだ。」
 
 「送るから、早く服を着て。」
 
 「勝手に着て、いま直ぐ帰るよ。僕の足でね。」
 
 「棒みたいな体だ。」
 
棒っ切れと一緒にされるなんてと思ったけれど、それはそうだ、おばあちゃんもサヤも言っていた。あれから何年も経ったのに、僕はろくに食べられないから、あいつらの言ったとおりのままだ。胃は苦しい。何かを飲み込むと、胃の奥底まで滑り落ちたと同時に、喉元まで何かがつかえるようになる。吐き気とは違う、息苦しさだ。あいまいで澄んでいたいから、固形の、人間が食べるようなものは好めないんだ。ああ、音楽は大変だ。森と湖の中で思想家たちが数学的議論を繰り返すようなものだから、いっそうの困難が待っている。音は自然のものなのだから、それは自然に返されるべきなのだ。感情も自然の中で表現されてこそ、もっとも純化され、偽りのない真実として、僕らの胸を打つだろう。僕らが覚め切っているのは、ここには、唯の一人も、正直者がいなかったからだ。
 
 

 

141.2 / インタァメッゾ 06
 
硬化した悪夢の色彩を、言い訳するつもりなんてない。あれは既に確定してしまった未来への恐れが全てを狂わせたことがきっかけなんだ。過去は容易に、未来を紙切れのようにずたずたにしてしまう。始めからなかったもののように扱う。そして、すっかり損なわれてしまってずいぶん経ってから、あの硬化した悪夢が新緑の水でなみなみと満たされていたことに気がつく。もし僕と同じ言語を話すのであれば、僕を愛するのに法律の許しなんて要らないよ、僕の許しさえ得ればいい。そして最後に、僕はその許しとやらを奪ったんだ。人が人を殺すということは、思いがけない時に、思いがけずやってしまうものだ。こんなに曇っていて人が少ないんじゃ、何をどう決めていいのかわからない。これは管理された無秩序の中で、人が自分の居場所を作り出すよりはるかに遠い。石を切り出して積み上げて作った街は、少し歩くと目の前には何もない草原と湿地だけが広がっていく。森もあまりないんだ。街の人間は僕を記憶して話しかける。彼らの読み取り装置は、作り変えられなければならない。僕を記憶する習性をやめてもらわなきゃならない。器官に浸透する悪夢の毒が全身の血管を破壊しながら一つになろうとする。これを目撃していても、僕にはどうすることもできない。僕は手を挙げ放棄した、戦うことにまつわるすべての行為を。だけど、放棄する。この呪われた資質から解放される。そして、僕の名前さえ誰も知らないようになる。あの健だけ破壊してしまおう。二度と立って、勝手にどこかへは行かないようにうまく壊してしまおう。難しい話だ。自分自身であることを放棄するのは、文字通り壊しでもしなければ不可能だろう。壊す?壊し損なったのは、誰だ。彼は引き金を彼自身に対して引いてしまった。僕はあと何年、このわだかまりをたびたび思い返して生きるのだろう。僕はもう、彼のことなんか愛しちゃいないのに、夢の中で僕を愛し尽くそうとするのは彼以外の誰でもない。僕のために死ぬことで、その愛を実証した人を無視することなんかできない。人間は、誰もが人との繋がりを求めている。例外があるとすれば、それは人間としてはずいぶんな欠陥品だ。話しかけるのはもうやめて、苦しいんだ。なりたくなんてないんだ、このままここで生まれる前に死んでしまったほうがいい。あの銃口は、僕にこそ向けられるべきだった。もう幸福になんてなれっこない。つまらない芸術家たちの愛人であることをやりくりして、くだらない僕の人生の最後に人間らしさの装飾を施すんだ。これはAcceptanceだ。昨日アイスクリームを買ったときに、またうさぎに出会った。彼のことはMr. Usagiと呼ぶことにした。彼の周りを囲む人間たちの心が豊かだからこそ、彼は僕が欲しかった世界を持って生まれたんだ。幸福のある街で、幸福がないことを受容することにした。僕の持たなかったものを、垣間見ることはできるのだから、全く救いがないというわけじゃない。その物語の主人公はうさぎだけれど、この空間には有機的に家具が並べられている。その家具の一つは僕だ。何もかもが無なのではない。どんなに僕を愛してくれたって、エゴを押し付けるだけの愛ばかりだから、嫌気がさすよ。愛するってことは、寄り添うってことだ。僕は、楽器じゃない。僕は、宝石じゃない。僕は、人形じゃない。赤い血の流れる、人間なんだ。愛すると言うのなら、どうして僕のことを愛してはくれないのだろう。体と言葉は、互いを知らないまま別れてしまった。もちろん、やってる時は楽しいよ、けど、やり終わったらそれでおしまいさ。彼らは僕が泣きついたら、助けてくれるだろうか。僕が弱みを見せるのを待っているんだ。そして、僕の心の弱さにつけ込んで、全部自分のものにしようと目論んでいる。それから、僕が年を取って醜くなったら、要らなくなって捨てるんだ。Nikeの箱の中で死んだ子犬。僕は彼を、捨てたりなんかしなかった。ちゃんと、お墓を作って、今でも年に一度はお墓参りっていうのをしているよ。ここから電車で4時間はかかるお父さんのアパートから、30分くらい歩いた森の中にそれはある。幾何学の3年間の内の半分はあの森に詰まっている。アリシアの次が来た時も、僕はよくあの森で過ごした。冬は指が凍るようで、雪の上でしばらく眠ることもあった。間違って凍死しないように、上着は工夫していた。そういえば、お父さんがあの時買ってくれたスキージャケットが小さくなるほど、僕は大きくはならなかったよ。こういうのが、どうして起こるかを僕は良く知っている。僕の持って生まれたものなんて、全部親のものだ。僕を重んじてくれる人たちが見ているのは、頭や容姿ばかりだ。そんなの、僕が努力して得たものじゃない。だけど、僕を見ていた彼は、死んでしまったんだ。自由の意味は、その引き金を僕に向けてよかったこと。だから、彼は不自由だった。僕を愛することで、自由を殺してしまった。彼が死んだ理由を知った時、僕は子供ではなくなった。この呪いは希望だ。人間を少しだけ信じてみようという、願いのかけらが飛び散った。科学は死んだ、科学という結果だけを残して。僕の周りにいて、死んだりしなかったのは芸術家と思想家と白痴だけだった。僕は科学者のつく嘘をずっと聞いていたかった。生きた声をリモデルして、永遠に聞こえ続けるようになるまでラジオで流していても良かったんだ。神智学者の霊感のように、存在の目くらましの檻に永遠に投げ込まれていたかったんだ。だけど、殻は砕けてしまう。彼らが好んで作ってくれていた巣は燃え、住み家は二度失われる。新大陸で綴る詩は、他人のためと言って自分の好きなことをする人生のようなものだ。僕を愛したから死んだのに、僕をうらみさえしないのは、おかしいんだ。僕は溺れかけて見えたのかもしれないけれど、溺れていたのはあなたたちだった。僕の半身は、ずっと死に浸かっている。
 
 
 
 
 
141.2 / インタァメッゾ 07
 
親が保護していない子供というのはやりたいようにしてしまうものだ。食欲と性欲というのは関係していると思う。どちらかを満たしている時は、どちらかを忘れている。食欲が満たされきっている時なんて、眠いだけで、ただぼんやりとばかりしていた。僕には家族らしい家族がいなかったから、誰かと家族がしたかっただけだ。そのごっこ遊びのために、必要な何かがあったとしても、それは仕方のないことだったろう。これが、文字通りのごっこに過ぎないと体感できるまでには、経験が必要だったのだから。本当の家族には、こんな嫌な臭いのする条件などあるはずがない。だから、これはごっこだったのだ。僕は首から顔まで真っ赤になっていて、というのもこの人は毎回焼き肉を食べさせるものだから、炭火の熱でそうなっていただけなのだけど、心底僕が喜んで楽しんでいると彼は勘違いしていた。日本人が変態ばかりだという評価は、あながち間違ってはいないと思う。特に日本のちょっとした地方都市はひどい。人の目や関係性が変に希薄で、当時の僕みたいなのは平気で道を踏み外す。別に僕は魂の純潔を信じてはいないから、どうだっていいけれど。彼らを助けたいとさえ思えないのが、今の自分の立っている、いや、寝転んでいる場所だ。僕を一番に愛してくれていた人は、僕の裸を見たがっても、手をかけたり、買ったおもちゃで遊ぶみたいなことはしなかった。お金を使ったら、あとは何をしてもいいってさ、資本主義を作った白人たちでさえそのしっぺ返しを食らっているよ。彼は、君が大人になったら恋人にしたい、といつも言っていた。そして、僕が大人っていう社会的基準を満たす前に死んだ。僕という病にかかって、彼は死んだ。鋭敏な感性は人を豊かにし、そして殺しもする。僕はなれるだろうか、彼が最後に送ってきた贈り物の物語の主人公のように。もしなったとして、死んだ人間はそれで喜べるのだろうか。死ぬことで、愛を実証するなんて馬鹿だ。そんなこと、僕は望んじゃいなかった。学校をさぼって、明け方まで一緒に話をしてるだけで、それだけで他の何よりも、よほど楽しかったのに。
 
『もっとカメラに目を近づけてみて。』
 
『こう?』
 
『そう!まつ毛が長くてお人形さんみたいだ。』
 
『普通だと思うよ。』
 
『君にとってはそうでも、そんなきれいなのは珍しいの。』
 
彼が馬鹿にしたMac Bookだって、古くなったのに捨てられないんだ。あの画面とキーボードとウェブカムは、僕を彼の前へと映し出す器官だった。僕らは人間なのに、この薄い板の一枚向こうには、何もなかった。僕はカメラに向かって話しかけた。彼は別にマイクを持っていたし、恥ずかしがってカメラを使わないことが多かった。君みたいにきれいな体をしているわけじゃないから映りたくない、とよく漏らしていた。僕がきれいなんて、あるはずがないじゃないか。彼はたまに、キスをしてみたい、と言った。僕は、キスは嫌いだ、と言った。だって、愛がなければしたらいけない行為のように思えたんだ。僕らは感情を共有し合って、考え方の部分で根本的に相容れなかった。彼はそのずれをすみずみまで理解しようとして、奇病に冒された。僕は一切助けようとはしなかった、何故なら、彼のことなど信じちゃいなかったからだ。それか、僕は僕を愛しすぎていたからかもしれない。本当に寒くなった、指がかじかんで動きがわるい。まるで老人の指のようだと思った。彼が褒めてくれた指。こんな指でも、彼が支えにできたかもしれない言葉を画面に叩き込むことはできたんだろう。僕は、彼の指摘する通り、潔癖症だったんだ。体中に、嫌な臭いを塗りたくられても、それから飲みこまされそうになっても、僕の心は自由だったんだ。その自由が自由のままあり続けようとして、本当に助けてくれる人の手を離した。子供だったからなんて言い訳は、逃げ道にすらならない。僕は何に感謝したらいいだろう。僕の呪われた気質を、神様がくださったことに対してだろうか。僕は死んでいても生きているし、生きていても死ぬように見える。呪詛は嘆きの音色を伴って、光の歓喜を繰り返している。僕の知性が科学的だからと言って、僕はあなたの弟になりたかったわけじゃない。僕を弟にしたいのなら、あなたは僕に愛情を投げかけるべきではなかった。科学に生きてきたような人が、僕の堕落に付き合えるわけはなかったのだから。光を通して見えるヘモグロビンの違いで、祈りを占うことは出来ない。心は嘘つきだ。ねえ、どうして嘘をつけただろう。あなたが偽りのない言葉を言うのだから、僕は吸血鬼の子供をやめて唯の人間の子供として話しただけだというのに。あなたがそうしたよう、僕は、あなただけを愛したのに。
 
 
 
 
 
141.2 / インタァメッゾ 08
 
 「この曲の名前は?」
 
  「何にしようか。」
 
 「小グランジュ。」
 
 「発音しにくいな。」
 
 「そういう皮肉が言いたい奴に聞かせるんだから。」
 
 「もう少し長いのは?」
 
 「畏怖と驚嘆。」
 
あんなに眺めていた窓は、くもっていたんじゃない。あれはすりガラスで、中なんてもとから見えない仕組みだった。大きいものを作りたいって人ほど慎ましくまとまって、小さくやろうとする人ほど変におかしな偉大さをまとってしまったりする。計画を見通しが立たない時期にやってしまおうとすると、こういう自然な不自然が起こる。畏怖と驚嘆はいい名前だったと思う。古臭くて、誰もが考えつくような安心感がそこにはある。僕はイヤフォンを耳から外す。おいしくないコーヒーをすする。キャラメルが焦げる香りがする。僕のコーヒーにも、キャラメルがかかっているはずなのに、何の匂いもしなかった。こんな寒いのに、冷たくてクリームののったコーヒーを頼むなんてアメリカ的だね、と彼は言った。僕はイヤフォンの色を見ていた。銀色の、削り出された金属の質感。彼の耳穴を離れて時間の立ったそれは、氷のように冷たかった。そこで繰り返される彼の音楽もまた、温かくはなかった。顔がないんだ、この人は。顔がないから、僕は今をうまく体験することができない。少しだけ雪がちらつく外を眺めながら、彼の行きつけのカフェで匂いのないコーヒーを飲んでいる。彼はそれをもう飲み終えている。宙に、ねーねーねこのスタンプを送った。数日したら既読がつくだろう。僕らの間にあるのは時間の差じゃない。この感覚、暖房の行き届いた室内で凍えている。これは、僕の内臓だ。さっきの音は、ぶちまけられた血の床の上をすべる靴底が鳴らしていた。靴と床が愛し合うのに、血が内臓があるいは空間さえ邪魔だ。
 
 「大げさ過ぎる。」
 
 「だから、小グランジュにしたんだ。」
 
 「君って激しいんだね。」
 
 「体が小さいから、力を余計に使わなくて済むだけだよ。」
 
この街は湿気ているんだ。時計のベルトさえかび臭くなっている。ラバーをだめにしたのは僕の汗ではなく、この空気だ。第一、ここは寒くて汗なんてかきようがない。全てが水をたくさん含んでいるからか、ここの人達は親切だ。そして、その親切は時々重荷になる。この優しさが重荷になるほど、重量を持っているのは、彼らが偽善者の類ではないからだ。少なくとも、彼らが彼ら自身に対する態度に関しては、一貫している。親切めいた共感というものは、実証されなければ唯の偽善だ。共感というものは行動で実証されなければ、実際的な意味を持たない。物質や行動で証明されれば、有無を言わさぬものになる。共感しているから自分の言い分を通して良いっていう態度はたまにあるが、それは他人への思いやりは二の次でまずは自分の意見を通したいだけだ。自己正当化として他人の感情をあてにしているのだから、自ずと大きな矛盾に陥るはめになる。この手練手管に通じる人間は、自分が怒ったことを、さも叱るような形式で諭す話にする。僕はこれが大嫌いだった。だって、怒ったことは怒りとして出さなかったら、嘘だ。嘘は嘘とすぐわかる。どんなにうまく叱って諭そうとしてみせたところで、二重底の感情は透けて見える。
 
 「君に声をかけるのは勇気が要ったよ。」
 
 「どうして?」
 
 「通りの人の目に気がつかない?」
 
 「新しいスニーカーをみんな欲しがって、目に焼き付けようとしているんだ。」
 
 「違う。俺らの関係が曖昧だからだよ。」
 
 「あなたが僕を誤解しているみたいにね。」
 
 
 
 

141.2 / インタァメッゾ 09
 
もしも何の時間の制約がなかったとして、この新しい毎日とやらに継ぎ足しを続け、一冊の自伝になるまで辛抱できるだろうか。僕はこう生まれて、ここまでやってきたのだけれど、僕にはこの人生しかないと受け止めるしかないんだろうか。
 
 「こっちはどう?」
 
 「イヤフォンが鉄で冷たいから、聴きたくないよ。」
 
ある日、うさぎくんは、アイスクリームを食べていた。次の日は、甘いプディングを食べていた。どれも充分、食事の代わりになるものだ。アイスは乳製品でミルクがたくさん使われているし、プディングには卵黄がたくさん使われていて、どちらも体にいい。うさぎくんは賢いので、他人の家族が作るサンドイッチやりんごをむいたやつを否定することはしなかった。それはそれでいいものだろうけど、アイスやプディングだっていいものさ。工場で作られてたって、人間が作ったものに変わりはないんだ。うさぎくんは学校が終わって家に帰ると、かごの中のりんごを一つとって自分でむいてみた。なんだ、僕の方がよほど上手くりんごがむけるじゃない。うさぎくんは、りんご3つむいて、それぞれを4等分して冷蔵庫に入れた。りんごは十分して色が変わり、一時間すると乾燥し、一週間たつ前に青いかびがはえた。うさぎくんは、そのことで、誰からもとがめられることはなかった。うさぎくんは、アイスもプディングも飽きたけれど、お腹はすいた。空腹だって永遠に続くものじゃない。死んだらおしまいだ。死んだ人は、何も食べないんだから。
 
 「オリバー?」
 
 「ごめん。考え事してた。」
 
 「他のことしようか。」
 
 「僕、あなたとこうして少しだけ親しくする前に、別に親しかった人がいた。」
 
 「好きだったの?」
 
 「少しも。」
 
あの金属のパイプを通って出る音は、神聖で汚された願いだ。あの一つに、僕の願いを込めてみよう。編み込まれた糸を断ち切っていると、布は切るところがなくなった。それは繊維の束になったから、火を焚くのに使おうと思う。火は一度消えてしまうと、充分な熱と明るさを取り戻すまで時間がかかる。しばらく待っていると、この赤が火の赤色ではなかったと気づく。あの断ち切った繊維は、無数の細い血管たちだったのだ。頭を振って現実の、太陽のまだある窓からの光に浮かぶ自分の手を見る。手の甲についた傷を擦ると、少しだけ盛り上がっていた。一か月以上前に付いたこの傷は、まだ赤い。
 
  「見せてみて。」
 
彼が手を取って僕の存在を確かめる。薄い皮膚の上を這う傷の下に、骨と無数の血管があることを感じるだろうか。もしこの体を包む臓器の先が突き止められたなら、彼も僕から立ち昇る誤りが正しいものであると感じるだろうか。それとも、正しさの持つ香気こそが、人を絶望に駆り立てることに気づいてしまうだろうか。
 
 「つめたくて、すべやかだ。」
 
 「眠たい。すごく眠いから、少しだけ眠るよ。」
 
あの色が、憎んでも憎み切れなかった一切の妥協が、このカフェに響いている。違う、カフェからは遠ざかったんだ。これは彼の部屋だ。存在を空間から剥離させようとして、間違ったところにナイフを入れてしまった。その傷跡が手の甲に残っていたんだ。黒くてぶよぶよとしたゼリーのような質感のあれは、あれには名前があった。性欲と食欲は同じだ、満たされれば眠くなる。軽やかな鉛の気だるさが体の芯に灯ると、濡れて重量を増したシーツのように重力が体全体を覆う。
 
 「眠い。」
 
 「見たらわかるよ。」
 
 「キスしてよ。」
 
 「どこに?」
 
 「額。」





141.2 / インタァメッゾ 10
 
充電台にiPhoneを置くと、バッテリーの残りはわずか数パーセントだった。今日はサヤの長話に付き合わされたと思った。だけど、サヤが色々話をしたりするのは、僕が目に見えないけれど、目に見えて落ち込んでいる時だ。落としどころのないこの毎日を、どこかに飾れるようにしてくれる。僕はそして、宙がどうしているかを聞いた。だけど、忘れてしまった。この部屋にはもう、飾るべき二人があって、新しい写真を貼る場所はない。本当はあるけれども、僕は貼りたいと思えない。これは余地ではなく、悔恨の空白だ。もう一枚がそこで一緒に写ることはない。5年前のあの島で三人で撮ったセルフィーがあるんだ。最高のものがあるのに、あえて二番や三番や、それよりはるかに劣るものを置く必要はないだろう。どこにいても、飛行機で来れそうなとこなら来てしまって、それから連れ出して僕の苦手な人混みの中に居場所を作る。もうほとんど好ましいとは思えなくなっていた。成長か退行、あるいは今日を見なければ、人は永遠に同じ所に留まり続けてしまう。
 
 「お腹出てる。」
 
 「何言ってるの、子宮じゃない。」
 
 「あ、そうなんだ。」
 
 「そう。自分の体ばかり見てるからおかしくなるのよ。」
 
サヤがLINEで送ってきた新しい水着を見た。これは冗談めいたいつものやりとりか、苦し紛れの間奏か、浮き彫りにされた行き場のなさなんだ。檻を破って出てきた動物の中には、人間の姿はなかった。彼らは檻には入れてもらえなかった。何故なら、もう神を名乗るまでになっていて、自分たちが檻に入るべきものを選べると信じるようになってしまっていたからだ。檻は僕のための棺だった。このいびつな世界から僕を切り離して、隠しこんでしまうための容器だった。
 
 「それ後ろでいつもかかってるけど、なんて歌ってるの?」
 
 「bitchには生きにくい世の中だ、って。」
 
 「どういうビッチ?」
 
 「自由にやりたいbitchだよ。」
 
 「じゃあ。それビッチじゃなくて、ただのにんげ」
 
僕たちの会話は良く途切れる。時差以上の隔たりが訪れるときがある。サヤと僕の瞬間が電波の網の中でかき消えたら、僕はiPhoneをサイレントにしてしまう。一人でいることが好きなわけじゃない、だけど、呼吸が苦しくなって手が変な動きをするんだ。誰かがこの体の中で、訴えている。防腐剤とこの感触とを合わせて、棺に入れる。もしかしたら、これはもう一度手に取って確かめなければいけない時がくるかもしれないものだから、腐らないようにしておこう。





141.2 / インタァメッゾ 11
 
うれしいことがあった。だけど、そのことは秘密にしよう。魔法がかけられたものを暴いて、他人の夢と幸せを踏みつけにしたい奴らは多いからね。飽和した光の粒に手を伸ばして、光の束を掴もうとした。星の灯りと海の青さは似ている。どっちも、好ましさ以上の憧れがこもっているのに、飛び込む人を殺す。僕への興味や関心は、人の願望と分別のない誤解によってもたらされる。
 
もし僕を止められると思っているなら、あなたは勘違いをしている。 僕はもう狙いを定めている。時期を待っていることは、静けさの中で嵐を待つことだ。静かであることが、静けさの証明にはならない。もしあなたが静けさの意志に対し手を挙げるならば、僕は銃口を向ける先を迷ったりしないし、triggerを引く指はためらったりできないだろう。間奏を終えた時、待つ事実は単純だ。あなたが死ぬか、僕が死ぬかなのだ。ただ一つの情熱を、嵐を待つ呼吸を、止めようと思うのならばあなたは火傷では済まないだろう。この間奏は僕が演奏している。嵐の時期が近づくまでの間、心を静めすっかり休んで、必要な行動のため体を取っておこうとインタァメッゾは今を満たしている。もう一度だけ言おう、僕は容赦のできない人間だ。誰もがこのtriggerに指をかけている。バン・バン・バン。





141.2 / インタァメッゾ 12
 
だから僕はこうして毎日を、それ以外と学校とで満たしている。学ぶ気があれば人はどこでも学べるものだ。だけど、充分な良識を持っていないのならば、学校は学ぶのにちょうどいい場所になる。あるいは、僕のように時間を時間で満たしてしまおうとする人間にとっても、ちょうどいい場所かもしれない。何かを知ろうとすれば、学ぶことは苦にはならないはずだ。何故なら、苦労は押し付けられるもので、努力は自分の意志によるものだから。毎日を人とすれ違いながら生きていれば、あらゆる経験がある。僕は救えなかったと悔やむことはないが、救わなければおかしくなるという人は見かける。僕なりの思い入れと、その人の持つ社会的な値打ちが、起こりうる失敗に対して容赦なく過酷な現実を突きつける。事実を嘘で塗り固めるか、感情を死に追いやったとしても、現実は残る。意味のある物が、損なわれ、失われたという客観的な事実は振り払うことができない。撃ち落とそうと思っても、鳥ではなくて、それは空である。僕にはこういう事情に立ち会いながら、救う手段を持ち合わせなかったという現実だけが残る。『誰かを助けたいと思ったことがある?』と聞かれた。僕は、話が呑めないままこう答えた。『助けるべきだと思ったことならあるよ。』その経験と行為とを合わせたものは、絶望と呼ばれる。命を生かすことだけならば、そう難しいことではない。ただ生かすという点だけを見れば、僕は助けるのが得意だと言えるだろう。だけど、生かすことでさえ難しい種類の人間もいる。それは、感受性を潜めて細くし、全てを知性へと変形させ、愛と美を単なる学問的関心という形で表す人々だ。彼らの本質は、愛であるのに、知恵だけを買われそればかり売って生きている。僕の本質は愛であって、僕の言葉はただの寄り道にすぎないから、こういう間違いは起きない。だけど、並びが逆ならば問題だ。順番の問題だから、鼻が利いて気づいてしまう。彼らの放つ拭い難い死の祈りが、僕の心にも届いてしまう。これは、僕だけの話じゃない。彼らを救うことは誰にもできない。実現可能なやり方は、僕が一日中付き添って、手では愛撫をし、口では我儘を好意に乗せて目の前に運び続けてあげるしかない。だけど、僕は女じゃないから、永遠に愛を振りまくことは出来ない。僕の愛は、時々だ。だけど、心からの親愛をもって彼らの助けになりたいと思うだろう。僕はどうしていいかわからない。どうすべきだったかと数えて成長した。手足が伸びきっても、まだどうすべきか数えなおしている。愛は全ての人間にとって、生得的なものであって欲しい。与えるにしても、受け取るにしても、何の才能も要らなくて当然だ。あなたを助けてあげたいけれど、中途半端は僕にはできない。このまやかしの均衡を続けることしかできない。それは誠実ではないが、不誠実でもない。つまり、何も無いということだ。
 
 



141.2 / インタァメッゾ 13
 
感受の避雷針、栗色の産毛が日差しに透けてブロンズ色をしたとき、中毒の信号が掻き鳴った。三日月を見ようとして目を細めて見ても、月は滲んでしまうだけだ。子供時代という美しくできた檻を蹴破り出ると、そこは社会という名の監獄だった。人間に生まれることは、裁かれることだ。人の手によって、神の手に依らず、奇跡に依らず、罪を被せられる。僕は科学でもって神に牙を向き、神でもって科学を脅し、信じるものを何も持たなかった。ただあなたを除いては。新大陸で神は死んだのだろうけど、ここには未だ侵しがたい面影が宿る。人はそれを愛と呼んだりもする。それは人を好きになること?だから僕は、愛されているの?金髪じゃなくても愛してくれるの。僕の肌がポーセリンだから、好きなんでしょう。ガラスの目玉が、好きなんでしょう。虚空の中にある願いを打ち込んだ。それは無へと帰っていった。もしもあなたもヴァンパイアだったなら、僕らは永遠の旅人になれたろう。何千年と宇宙を漂い続けても、あるいは単に木星の軌道を廻り続けても、そこには同情と親愛と深い悲しみが宿る。どうして僕を一人にしてしまったの。僕はあなたしか頼る人がいなかったのに、そしてあなたは僕しか愛せなかったのに。避雷針を曲げて、金色になるよう薬を塗った。雨が降って、風が吹いて、毎日が過ぎると、金色は欠けて錆びた針の先から雨粒が落ちた。僕は考え直して、ロジウムを持ち出して今度は銀色になるようにした。朽ちないよう美しくて強い薬を頼んだ。あそこで輝き続ける尖塔は、僕らの出会いの象徴だ。時間を経れば経るほど、あまりに重くのしかかる。僕にとっては終わることがないように思われるほどの長い時間を、口笛ばかり聴いて針を眺めていた。あの針の上で天使は踊らなかった。だから僕は天使の数を数えはしなかった。結末の暗示と、その下に隠されたニッケルが、何物にも耐えるようでいて何物からの影響も除外できなかった全てを語り尽くす。いずれ銀色も欠けて、風化し黒ずんだ白色の地肌が晒され、時間と空間だけを友とするのだろう。もうそこにあなたはいないし、もちろん僕もいない。
 
「楽しいの?」
 
「楽しいよ。」
 
「どうして?」
 
「きみが女の子みたいで、いい匂いがするから。」
 
「じゃあ、女の子とすればいいのに。」
 
「女なんてクソだ。」
 
「僕はそうは思わないよ。」
 
「自分だけいい思いしてる。」
 
僕はあなたのお母さんじゃないんだ。あなたが壊して遊ぶ、楽器だ。
 
「いつまでなめてるの。それじゃつまらない、話せないじゃん。そうだ、僕、あなたのお母さんになってあげてもいいよ。」
 
「何、言いだすんだ。」
 
「だってあなたはあんまり男じゃない。さっきからずっと、おっぱい吸うみたいにしてる。」
 
「きみがかわいいからだよ。」
 
「違うよ。僕を女の子だと思って、お母さんの代わりにしようとしてるんだ。」
 
「笑ったよ。」
 
「プレゼントは?」
 
  「終わったら買いに行こう。」
 
愛と物を注がれれば、それを幸福だとか形容できるんだろう。どうして、その神を拝んで、ありがたがれないんだ。それを普通、人は欲しがるのに。そうだ、僕は物はもう持っているから、物はもう要らないんだ。じゃあここには、愛のない情事だけが横たわっていることになった。
 





141.2 / インタァメッゾ 14
 
「いたずら?熱いんだけど。」
 
「熱くないでしょ?」
 
「絶対に熱いよ。」
 
「見るから。ええ、設定40℃でしょ、ぬるいに決まってるじゃない。バスタブのない国に住んでるから、数年ぶりに浴槽に浸かって感覚おかしくなったんじゃないの。」
 
「そういうのならこっちきてお湯、触ってみてよ。」
 
僕はLEDの点かなくなった無線ボタンを押し続けてみた。電気が通っていないように見えても、キッチンの音は聞こえた。パネルが壊れているだけだろうか。数年経てば動いていたものも壊れたりして当たり前だ。機械を通したサヤの声は、サヤの声だ。機械を通すと、失われがちな個人というものが、彼女の場合よりいっそう明確になる。そうだ、髪を金に染めよう。ああいうやつらは、明るい色、派手やかな光が大の苦手だ。光の力で、焼き殺してしまうんだ。だいたいそうしなくたって、こいつらは自滅するんだ。僕の髪の色が悪いわけじゃない、こいつらの悪癖が全てを狂わせている。感性のない人間に物事を説明するのは骨が折れる。もう少しわかりやすい言い方をするならば、感受性の貧弱な人間に対して本来的人間らしさを取り戻させる教育は、困難を極めるという言葉では足りない。自然児ヴィクトールのほうが、よほど豊かな感受性を持っていた。文字通り目に見えるやり方というのを、毎回やらされるのは面倒なのじゃなく、気が触れる。
 
「入りまあす。」
 
「寒いから早くしてよ。」
 
「あっあっつ!」
 
「だから、言ったんだ。」
 
「なんで?だって、キッチンのお湯は40℃くらいだったのに。」
 
「それさ、キッチンと浴室と、あとどこか全部給湯器が違うんだよ。アルカリ水が出るとか、よくわからないけど、そういう。」
 
「え?」
 
「おばあちゃんの趣味。」
 
「ああ、ね。ていうかパンツ履いて待っているくらいの最低限の努力はできなかったの。」
 
「アメリカ人はパンツ履かないっていったのは誰だよ。」
 
「それは寝るときでしょ。恥ずかしくないの。」
 
「寝るときでさえパンツを履かないんだから、お風呂場で履くわけがないんだよ。」
 
「本当にそれでいいなら、その格好で今すぐファミチキ買ってきて。」
 
「絶対にできないよ。」
 
「お風呂入る時、腕時計外さないの?」
 
「え、外すの?」
 
「そういうとこも外人なの?」
 
「知らないよ、僕が不変の真理だよ。」
 
「じゃあ、あがったらあとでコンビニ行ってきて。」
 
「なんで?」
 
「この家では、グラニーの次に私が真理だから。」
 





141.2 / インタァメッゾ 15
 
これは人間が感じるべきだった痛みだ。肌が赤くなるまで、薄い金属の板を叩きつけて、これはアレルギーなんだと言った。この痛みは淡い。現実と自分を隔てる薄い膜であり、全ての間質として満たされているインテルメッツォ。あの鳴き声の動物は僕が飼っていた。そして、世話をしすぎて死なせてしまった。どうして、死んでしまったの。怨みに思うよ。この手で隅々まで呪ってやりたいね。二度と復活なんてできないように、大地にまとわりつく愛が、あなたを取り巻くようにしてやる。僕から奪った報いを、永遠に受けさせてやる。たった一度きりでも魂の自由を求めたら、捉えて一切不自由にしてやるんだ。助けてあげたかったんだ。死なせたくなかったんだ。生まれる前に死んでしまったあの感情を愛と名付けて、墓を探す。土を盛って、爪の間に虫の死骸が入って気付くんだ。手で掘り返すほど、盛られるべき土を愛してしまっていたと。その土は、僕だよ。だから、安心しないで、眠らないのだからね。夜になったら魔物と女が山から下りてきて、金切り声をあげるんだ。それは太古にあった、原始の言葉だ。怒りと恐怖とが叫びだ。その叫びの中で、土に付いた僕の意思がこうこうと輝きだすだろう。それは魔物と女とを遠ざけるのに一役買うのだから、恐れないで欲しい。毎夜抜け出ようとする魂を冒そうとする悪鬼を払って、浄化された祈りが憎しみを薪に永遠の愛を燃やし続けている。争いをやめて愛することを覚えた。すると、その愛で他人は怪我をした。僕は自閉症のようになって、指しゃぶりをした。夢を見て、今あるものは作り物か何かだと思うこつを覚えた。新しいものが欲しいのなら、古いものは要らない。もし本当に欲しいのでなければ、何も欲しがったりなどしないほうがいい。あれが作り物だったなら、それを思う僕さえ人工物の一部としてしか存在していなかったのだろう。魔物と女とは、人間への憎しみを上手く踊って見せている。毎夜降りてくるあいつらは、僕を病へと作り変える。手探りで暗闇の中を泳ぎまわり、ある輪郭を見つけた。副葬品は、冷え乾いた風だけがいい。そして、暴いた墓の隣に自分の床を作って永遠の住処とする。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
141.2 / インタァメッゾ 16
 
もしお互いに年を取って、誰からも見向きもされなくなるようになったら、僕らは結婚したりするだろうか。僕は構わないかもしれないけれど、プライドの高いサヤはそんな負けが込んだ結婚は許せないだろう。檻に入れられて喜ぶ雌猿じゃないけれど、額に入れて飾れないものは恋愛とも呼ばないだろう。それは正しい生き方だと思う。うまく縁取って飾れるようにして、これが自分の人生だったと署名を残す。僕もそうしてみたいと思って生きているのに、うまく線が引けない。僕らは、自由を壊して不自由を飼うことにした。そうあって欲しいと望まれるように生きることだ。代金を、歓迎と評価という形で受け取り、支払いは、おそらく自分の全てを払ったろう。
 
「もらっても、安いアクセサリーは売っちゃうって本当?」
 
「これいつもかかってるの、なんて歌ってる?」
 
「bitch?」
 
「その前の曲。」
 
「一日の最後、みんなと一緒で写った写真見てると、ああわたしって一人、孤独じゃん。って歌詞。」
 
「ほんとそうね。」
 
「僕は今一人じゃないよ。」
 
「じゃあどうして、一人じゃないオリバー君はねーねーねこを抱いてるの。」
 
「サヤは、いっぱい人がいなければ楽しめない人だから。ねこもいるんだよ。」
 
「オリバーは、いっぱいの人なんて大嫌いだものね。」
 
「じゃあ僕のことが嫌いなの?」
 
「そんなこと言ってないじゃない。」
 
「もっと話してよ。話が聞きたいよ。」
 
「そうやって含みを持たせて、堕落させてきたわけか。」
 
「どういうこと?」
 
「私も一人だって感じてただけ。」
 
「僕がいるよ。」
 
「オリバーはオリバーじゃん。」
 
「サヤ。鬱?ベッドで寝てもいいよ。」
 
「そんなにベッドで寝たければ他の部屋を借りてるよ。」
 
「なんか買ってあげるよ。」
 
「じゃあ生きたライオン。」
 
「無理だよ。」
 
「じゃあ要らない。」
 
「ライオンどこで飼うの?」
 
「男なんて嘘つきばっか。」
 
「嘘はついてないよ。」
 
「別に、欲しいものなんてない。」
 
「わかったよ。ライオン売ってないか調べるよ。」
 
「いつ帰るの?」
 
「来月。」
 
「次、いつ行けるかな。」
 
 
 
 
 
141.2 / インタァメッゾ 17
 
少しだけ異常に昔を振り返っていた。僕は、何をして成長しただろう。たぶんそれは、食べて眠って、気がついたらこうなっていた。僕はあのtriggerを自分に引き忘れた。それを悔やんではいないし、思い返すというほどの感慨をもって向き合えやしない。その不真面目さが、腐った態度が、全てをおかしくした。僕はもっと、真実と向き合うべきだった。もう少しだけ、繊細であるべきだった。あまりに大胆で考えなしだった。豪胆と言っても構わないくらい、自由を左手で自由にし、手の中で憎悪が灰になるまで燃やし続けた。焼いて、焼いて、焼いた。笑えないことほど、人を笑わせるものだ。僕は今とても笑顔だ。こんなにうれしい気持ちになったことは、生きてきて一度もないだろう。燃え尽きなかった憎しみが、僕の燃料だ。石炭だ。化石の力を借りて、無尽蔵にも近い力を生み出している。そして、力とは何ものかを変えうる働きだ。力さえあれば、何でもできる。権力は、力のみを認識する。この弾丸は一発じゃない。一発では憎しみを晴らしきれはしない。これは見境のないミサイルだ。打ち込んでしまえば、一発は一発でも、それは一発の話では済まないのだ。時機を伺っていることは、静けさの中で嵐を待つことだ。静かであることは、嵐のあることの何よりの証拠だ。永遠の平穏の中を、人類は生きたことがない。名無しの人体が飛散した次の日は、僕らは笑って学校の話をして、アイスクリームを食べている。狙いをつけられる前に、狙いをつけるという当然の姿勢が進化の歴史の中で獲得され共有され、教育の手で失われた。この手を拒んだものだけが、真実を知っている。あのtriggerに指をかける音が頭内で反響し、憎悪の容貌をあらわにする。火星200年の毎日は乱れに乱れ、個人の想像力の限界を超えた先にあるだろう。だけど、そこに行けるのは過去の清算を済ませた者たちだけだ。未練と迷いを捨てtriggerに指をかけ、警告の前に事実を打ち込んだ者たちだけだ。もし、あなたの邪魔をするものがあるならば、それがたとえ自分であってもためらってはだめだ。たとえあなたが、一人ぼっちだったとしても、そいつは裏切り者だ。あなたをおとしめる、悪魔だ。僕は悪魔に銀の弾丸を打ち込んだ。ためらいはない。だって、僕はヴァンパイアなのだから、悪魔より人間が恐ろしい。招かれないと、どこにも立ち入ることができない。鏡には映るが、人の心には映らない。十字架は好きだが、炎と流水は僕を殺すのには充分すぎる。人間にも吸血鬼にも共通して言えることは、幸せになれるのならば、その機会があるのならば、逃しちゃいけないってことだ。僕は、虚無を受け入れる態度ができている。自分がしでかすことそれからしでかしたことの責任は、全て自分の手で取るつもりだ。人間は僕より随分弱いのだから、強い僕でなければ片付かないことが多い。
 
 
 


141.2 / インタァメッゾ 18
 
ここは慕わしく呪われた香りがする。断ち切ろうと思って断ち切れなかった過去と現実とが編み重ねられ一つの組織を形作っている。三日足らずの共栄が、心に無数の血管が繋がっていることを僕に再認識させた。あれは僕が欲しかったもの、欲しくて欲しくてたまらなかったものだ。僕は、僕の墓を訪ねることは二度とないだろう。彼は死んだんだ。『あなたは僕のお母さんじゃない。』『そう。君を生んだ人には適わない。だけど君の力になりたいんだ。』この国の冬は生気を失っている。雪は溶けない悪夢の象徴だ。全てに色がなく、情の通うところがなく、これが彼を狂わせた土地なのだ。自然があり人間がいる。自然が人と調和せず、人の心は自然に従おうとする。それでも自然は、何も答えないし、裏切りさえ珍しくはない。人々が仮面をつけ心を閉ざすのも当然だ。ここは人を育てる自然自体が、平気で裏切りをやり、人に愛せと要求する。敬えば踏みにじられ、踏みにじられれば敬う。白い雪は、灰色だ。太陽の光が届かない大地は、手を伸ばせば手に取れるところにあって、ついに僕は一度たりとも感じ合うところがなかった。薄くて鈍い病の気配は充填され敷き詰められている。僕が愛した彼は、僕を愛さなくたって、どうせ死んでいた。人はみんな死ぬ、遅いか早いかの差があるだけで。
 




141.2 / インタァメッゾ 19
 
飛行機の羽根はたわんで頼りなかった。僕は乾燥していることには気づかないことにした。いつか見たことのないものが、今は見えている気がする。ボールペンより鉛筆が良いように思われる。それは、僕の書きたいことを書き切る前に、時間切れを知らせてくれるからだ。もっとも、このボールペンはインクがきれる前に折れそうだ。ときどき、言葉は選べない。言葉は何も表さないものだから、はっきりとしてしまう。肝心なことは、すっかり失われて、空回りする音が空間に伝達する。だから、少し眠ろう。言葉は何も表さないのだから、すこし眠ってやり過ごそう。乾いた唇が切れて、目を覚ますのだろう。僕は文字を切って繋げ、接着させることにした。あるいは、言葉が乾くまで置き去りにすることにした。いままったくの、結合と言われるような感覚を持っている。こんなにも冷え切って乾いた大地に人は住むのだ。僕は最後の住処を選んだ気がした。あの雪で何を作ろうか。いや、何も作りたくなどない。僕の欲しかったものはすべて失われてしまった。見て、凍り付いた湖を泳いでいる人がいる。それは確かにいるよ。太陽光と湖面とのやりとりは、濃い。乾燥している。花の冠を作ってあげた。君の好きな花と色とで作ってあげた。赤や黄色やすみれ色、それから青色の花を探し回って葉の緑でごまかした。鏡がないのが幸いだ。ここには、鏡がないから、自分を知らなくて済む。僕の知っていたことは、何だったろうか。『君は綺麗だ。君とセックスがしたい。』『この枕が気持ちいいの?変わった子だね。』『両親は?家族と離れて、一人で寂しくないの?』やりすぎると感覚が狂うんだ。愛を以って愛がわからなくなる。『寂しいよ。だってお前たちは僕のガールフレンドじゃないじゃないか。』僕は、うまくやれなかったという事実を置き去りにして、これからはできるふりをしなきゃいけない。これはどこから来ているんだろう。そうだ、生きているということが呪いを発している。
 
 
 
 

141.2 / インタァメッゾ 20 おわり
 
「ほら見て、髪は流して。こう、額を出した方が似合うわ。」
 
「恥ずかしいから写真やめてよ。」
 
「このほうが賢そう。」
 
「信じていいの?」
 
「日本人ってシャイだものね。無理強いはしてないわ。」
 
「やるよ。本当にいいものなら、僕は何だってやるやつだよ。」
 
間奏はここでおしまいだ。
 
僕が自分の置かれている状況、すなわち僕自身を知ったならば、話は簡単だ。僕は、行動する。頭を冷やす時間は終わった。僕の頭は冷やされすぎて、他人の考えに支配されるようになっていたんだ。もし僕が、この真実を前にしてもなお身動きを取らないというのであれば、僕が愚かなのも当然である。敵は僕を愚かなままにして、永久に支配を続けたいのだ。だが、僕は僕自身を学んだ。行動することに際して、僕は男である必要はないし女である必要もない。僕はただ知性のある人間でありさえすればいい。知性のある人間は、必然的に自由を欲するものだ。あらゆる手段にうって出て、自由を獲得するべきだ。
 
間奏は終わるのだから、本気で起きなければならない。まだ敵を見定められるほど、状況は澄みきってはいないが、もう迷わないだろう。あなたさえ僕を縛る悪魔だったのだ。机の上に小さな鏡がある。これに映る自分に足りないものは、覚悟ではなく決心だと思った。スザンの言うよう、前髪を流して、額を見えるようにした。これが武器ならば、もう隠されるべきではないと思った。

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