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"君は囚われている…"

"…君が作る秩序に"

[精霊文学]

インテュイティア カシ

12/1/2019

 
画像

きみがくれなかった愛を
ぼくはきみに捧げつづける
魔法のアーケイン
きみの名前を呪文にさ


“宇 線 白 光”
 
縁取りを小さくなぞってみる
二重のあかりが吸い付くと
指は乾いて次第に姿を失う
砂になり宇宙の呼吸と交わる
 
「帰ったよお。」
 
「また女?」
 
「そう。女。」
 
「飽きないね。」
 
「楽しいことは飽きない。」
 
白線は産声を上げ
泉は枯れていないのだと非難する
まったくの直線を描きながら
荒れ野に光が走る
 
「ねえ、ピーター。」
 
「どうした。」
 
「僕らは、大人になった?」
 
「男は女がわかるようになったら。そこから大人さ。」
 
もし、はかなさが要るのだとしたら
この剣はパンにしよう
あらゆる武器を捨てた
初めて雛鳥をさわったんだ
 
「だけど。おまえはやめとけまだ。」
 
砂漠に行くのなら いつか思い出して
あなたの病をいやして わたしは死ぬのだから
すべての戦闘は停止して 骸を返す
あの鐘が合図だから きっと忘れないで
 
「うん、僕はいいや。」
 
 
 
 

 “1617”
 
これは終わりなら
本当の終わりなら
すべては始まりだって
信じちゃいないよ
信じていい?
 
僕らは大人になった
女は知らないけど
社会は言うのさ
もう少年の仕事はおわりだって
大人になりなさいって
 
あんなに欲しかった自由は
不自由しかくれない
決まった体 伸びない脚見て
全部おわりだって
おわりがおわりでも
いつ始めたのか知らないよ
 
もうすっかり全部台無しさ
リボン取ってタイにして
気取りから本物の紳士
君らは始まったって
僕らは終わったってのに
社会は言うのさ
君らは始まったって
 
ねえそれほんと?
土地眺めて 羊数えて
これ仕事?
夢をかなえなさいって
先生 これが夢?
 
あの女の子を愛せって
子供は男の子を作れって
社会は言うのさ
石鹸は手を滑って落ちる
このバスタブも小さくなったから
もううまく拾えやしない
社会が言うのさ
もう少年の仕事はおわりだって
大人になりなさいって
 
 
 
 
 
“夕方”

 
あのとき撃ち落とせなかった星座の色に、苛立つばかりだった。しだいに霧は濃くなって列車は速度を落とし、ぼくは寝台に横になる。止まれって標識はなかったけど、進めって合図もなかった。だから、どこかの草むらに隠れていたよ。小さく凍えて、きみの面影がはかなくなってしまうのを見ていたんだ。いつかあの星はきみが落として。きみが語る夢がほんとうのことだったって、ぼくに信じさせて。うそじゃないのなら、約束をして。
 
ああどうしてぼくらは道を分かれて歩かなければいけなかったの。どうしてきみは遠くへいってしまうの。ぼくら仲良くやってこれたはずだろう。自由の色は、きみに手を振っておみやげをねだること。決して、きみの夢をぼくの気持ちでよごしてしまわないこと。だれもひとを好きにならないこと。呪われこそすれ、愛されたりはしないこと。
 
「行ってくるよ。夕方ごろかな。」
 
「帰り、何か買ってきて。」
 
「ああ。わかったよ。」
 
ぼくは記憶喪失になる。今日の夕に初めてきみに会う。
 
 
 
 
 
 “英雄の明滅”
 
透きとおって見えた
一六時の太陽は眩しい
こげ茶色の髪を赤く映す
 
「これからどうするの?」
 
「町の季節労働も飽きたな。」
 
「ぼくはまだやってないよ。」
 
「うん。そうだな。」
 
美しすぎる肌だった
金色の産毛は 寝息を立て
気配を消し 星を数える
 
「ピーターにできることなら、ぼくにだって出来るはずだよ。」
 
「そうだな。」
 
「家から出たいよ。」
 
きみは誰を愛したの
かれはかれにくちづけ
不幸を永遠の友にする
 
「お前は悪い子だからな。」
 
「誓って、もう約束を破ったりはしないよ。」
 
「だめだな。」
 
埃っぽく乾いた鉄道
まばたきは清くガラスの両眼
鏡に映る時計の針
後戻りが奏でた春の色



 
 
 “玉虫色の煙”
  
「そんなに近づけて。眼鏡つくったらどうだ。」
 
数を数えた
あしたは星が見えるとおもった
 
雨音は繁茂する
息をひきとるまえに
飛散する名無しの人体
あらためて目をとじる
笑って警告し
後ろから撃つ
 
あしたも星が見えるよ
もういちど声をかけて
 
「いいよ。眼鏡をしてない僕しか知らないだろ。」
 
 

 

 “かみあわせ”
 
 儚さのかけらを
もしもあの空に透かせてみようとしたのなら
もうぼくらは知っていた
 
噛み合わせのわるさは
だれのせいでもないよ
うまくやろうとして
ひっかけてしまったんだ
 
ねえもしもそうならさ
そんなことだってあってよかったじゃない
だってもうぼくらは知っていた
 
儚さのかけらは
あの空に透けて
まばたきすると
光はきみの丸い額をとおり
ずっと会わなかったら
顔も忘れてしまうよ
 
だってもうぼくらは知っていた
始めからぼくらは完成して
ほんとうに特別だったんだから




 
“引き算”
 
愛したものを裏切って
踏みつけにして笑うんだ
いつもいったろう
愛したやつが負けなんだ
 
ねえ ぼくが愛さなくたって
なくなるわけじゃない
愛そのものは消えやしない
だから 嘘さ
すこしも好きだったわけじゃない
ガラスのコップに半分だ
だから すこしも好きだったわけじゃない
 
引き算するから
きみが好きなより ぼくは好きじゃない
 
愛したものを裏切って
踏みつけにして泣いたんだ
いつもいったろう
愛してしまえば負けるんだ
 
 
 
 
 
  “古代のガラス”
 
あくる日は 明日で明後日で
ぼくらは駆け出さずに 駆け寄って
口笛の一つ二つを肴にね
シードル片手に 一杯やったもんだった
 
きみのジャケットの襟は擦り切れて
それでも きみは僕に首巻きを買ってよこして
冬になるっていうのに
寒くはないのから始まれば
しばらくいっぱい 言い合いになるもんだった
 
あくる日 あの角を曲がるって
ぼくは曲がらずにいようとして
話し合いには応じないようにして
日が沈むまで 喧嘩したもんだった
 
あくる日 あの角を曲がるから
きみは曲がってしまうけど
ぼくは曲がるより折れてしまって
そのままずっと 見送ったものだった
 
全身で愛を傍受する
きみが世界を塗り変えるから
なにも変わらずに
始めから創造の神で
ぼくらはいられた
 

 


 “ドラムの上のばち”
 
きみがぼくの夢を見るから、朝は、ぼくはきみを夢に見た。あるときは愛したし、あるときは憎みもした。夢できみはこう言うのだった。
 
「彼女は焼けて 灰になろう。」
ぼくはすかさず付け加えた。
 
「骨さえ残さず、うしなわれたものは、二度傷つくことはない。」
きみは笑って、その顔が笑顔になるまでの時間はどれくらいあったかと、ぼくに思わせた。
 
きみはぼくを自由にするから、世界を塗り替えて、夜空には星が輝いて、太陽は遮光ガラスがなくたってつまりだから眩しくなくて、なにも変わらずに、そしていつもきみの姿は見えた。毎朝、麻袋に入った豆から数十粒を選んで、それを挽く時間は、きみのいつもの朝だった。ぼくはコーヒーは好きではなかったけれど、それは薬効が体によいらしくて、ピーターは飲むようにとよく言った。そして、ぼくが飲めるように、ハチミツとシナモンとミルクをたっぷり入れてくれたんだ。
 
「ああ、手間のかかる。女より手間のかかる弟だ。」
ぼくは後悔はしていないよ。身軽なきみが跳ねていけるところまで、ぼくののろまな脚では走ってはいけないけれど、きみはぼくの親友で兄で尊敬する人生の先達なのだから、最後までついていくよ。だけどきっと、ドラムの上をばちが跳ねる。時を待たずに、機械化する僕らの骨。ぼくらが愛した日々は、  永遠にうしなわれてしまう。
 
「寒くなるね。ピーター。」
 
「テディ。ん。お前、鼻の頭ににきびできてるぞ。」
 
「知ってる!から!」
 
なにも変わらずに、ぼくらはいられた。
全身で愛を傍受した、過ぎた十一月の晴れた朝。

 
 
 
 
“ファロセデュウル”
 
きみの恋人はどんな人だろう。きっと、指は白くて柔らかいんだろう。その指は彼をどう捉えるんだろう。それは望まれるとおりの愛なんだろう。そして、親しさの限りを尽くしてぼくは言うんだ。いい人だね、って。それで、それは何か特別なの。愛する少女、美しい女、少しもおもしろくないよ。だって、どこにでもある話じゃないか。ぼくは知ってる。きみはそういうんじゃない。
 
「―――――。」
 
雨に降られた焚火の日は消えなかった。僕は両手で砂を掴んで、残り火を始末した。それから、服を脱いで半身を湖に浸けた。点と点は、やがて線へと結ばれて、これは透き通って形がない。空は晴れていなかった、だけど、水は生ぬるかった。向こうの岸に見えただろう木々は、空気が煙って今朝は見えなかった。雨だ。水に浮かべた腕に、雨粒が落ちる。あれほど自在に見えた水も、降るとなると自分をうしなって大地に滴り落ちる。あるだけの不安を抱えてぼくの体を滑り落ちる。波紋は広がっては閉じた。
 
「―――――。」
 
ここへ来るまで、ぼくは、ぼくらの使うつもりだった青銅のカップについた錆びを落とそうとした。それはいくらこすっても、すこしも落ちない。しまいには、手から滑り落ち、グラナイトの床はカップの表面に深い傷を残した。間違いはいいんだ、間違えているのだから。だけど、正しさを当然と信じて疑わないことが、もっと深くきみを傷つける。
 

 
 
 
“断頭台の白昼夢”
 
感覚された意識、青白い皮膚の下を細い血管が無数に走る。彼はもっと日を浴びていたから、ぼくはもう少し窓辺にいよう。
 
ぼくらは何にもならない。全てを描き切ると、ぼくらは完結する。ぼくは余白を持たず、もう何も持たない。ぼくらは完成せず死んでいく。かれが剣士に、ぼくが司祭になるとき、ぼくらはぼくらの名前さえ失う。人はぼくらの輪郭をその心の中に彫るまえに、おそれたりうやまったりするだろう。だれかの彫刻だ。それは、誰かの浮き彫りであって、ぼくらの存在する軌跡じゃない。
 
そして、ひと月もしたら、この皮膚は彼のようになるだろう。そしたら、腕にくちづけして思うんだ。
 
もうそこに見えるのは、ぼくたちの抜けていく先だ。魂の不滅があるからといって、人は永遠であるべきだとはいえない。ねえ、ピーター。ぼくはきみが好きだ。そして、ぼくはきみを好きでいるべきだ。なぜなら、ぼくの魂にはきみへの親愛が不滅に打痕されているから。ぼくという性質がきみを求めることを義務付けられている。
 
愛されないということは、愛されるべきではないということなの。どうして許せるだろう、ぼくには力がないのに。悲しみの下に悦びを浮かべると、彼の帰ってくる足音が壁越しに聞こえた。
 



 
“平和の同盟”
 
とりすぎたインクは紙の上でぼやける前に染みた。あらためてペンの先をインクに浸そうとすると、意志は滲んで乾いてしまった。今日は日曜なんだ。そうだ、ねえ、あのラッパ。あの、ぼくらが聞くべきだったラッパの音色は、街の中の壁という壁をはねていった。みっつ数えて、音はその存在よりも、発される言葉の上を走る心の動きが、ぼくを捉える。物の上を走るあの感じは、人が何かをしようとした軌跡だ。だけど、それは誰だろう。本当にかれだろうか。
 
もしたとえば時代が違ったとして。もしたとえば見世物のオウトマトンの少年が、かれより強く美しくなるとして。ぼくの心はけっしてかれの存在を否定できはしない。ぼくらが雨に濡れても笑いながら走れるように、オウトマトンの少年たちがうまく走れるとしても、ぼくは、ぼくの心はけっしてかれの存在を疑わない。それは、できないから、できないんだ。見世物にありつく前に、ぼくらは泡立ってにごる透き通った中から好みの飴を選ぶ。きみが緑色の飴を選ぶとき、ぼくは色のない飴を選んだ。
 
そしてかれはいつもみたいにして言うんだ。
もしくは、こう聞こえたんだ。
 
「なんだそれ。うすぼけて、もっといいやつをとれよ。」
 
「味はおんなじ。」
 
  太陽をとおしてぼくの飴は黄金に変わる。
日光は指先の赤さを思い出させた。
 
もし機械の子供たちが、ぼくらより優れて、かれより高く飛び、ぼくより人の心をよく知るとしても、誰よりぼくがかれを理解する。つやのある木の手足に、真鍮の歯車を無数に回し、蛍石の眼玉をきらきらさせて、もしこれがすっかり優れたとしても、それは優れてはいない。もし知恵があったとしても、知恵がない。だって機械って、完成した不完全な生き物だ。だからぼくが壊すんだ。ぼくからかれを奪うもの全てを壊すんだ。どうだ怖いか、ぼくは人間だ。
 
「始まっちまうぞ。」
 
「ごめん!」
 
もしぼくらが生きていく限りは、そうだ。だから、ぼくが、ぼくらが構築しようとして打ち砕き、そして新たに砂塵から立ち込めたものは。ただ、人間だったころのぼくらだったろう。
 
 
 
 
 
“形而超学の少年”
 
ぼくはだれ
ならば‘きみはなに
 
ぼくが文字の上 きみの美しさを語ると
それは ひとめ見て美しかった
性質に触れられるよりはやく
誰の眼からも見える危機的状況
くちづける花びらは ばらばらになった
 
‘きみが語りかけ
ぼくは答える
情けと信心とを以て
 
叡智はぼくらの夢の機械が回る音
 ‘きみはぼくのゆりかごに揺られる
ひとはぼくに少女の面影を投げるから
ぼくは‘きみの母になろう
あるいは‘きみはぼくから産まれよう
 
‘きみが語りかけ
ぼくは答える
情けと信心とを以て
 
神は女?
ならばぼくは 神を捨てよう
悪魔の言葉を皮膚のすみずみまで彫刻し
塩気のないスープを掬うさじが指の間をすべり落ちると
彼はサタンと呼ばれた
 
ぼくは答えた
ぼくらの神は
ぼくと同じく白い肌をし
ぼくの黄金の眼はえぐられた
情けと信心とが交尾して
悪魔が‘きみを産む
それはぼくと呼ばれよう
ぼくは‘きみの母になる
男でもなく 女でもなく
ぼくは‘きみの母になる
 
産まれる子供はだれ
‘きみはだれ
ならば ぼくはだれ
 



 
“ベルテレ”
 
きみはぼくに語りかけた
「それは超能力か?」
 
ぼくは心をこめて答えた
「心を燃やすと、周りの人間も燃えたんだ。」
 
きみは続けてこう言うのだった
「燃えるって?」
 
ぼくはためらい付け加えた
「白い炎で焼けてしまうんだ。」
 
ぼくはこうも言った
「焼けてしまうんだ。」
 
きみは半信半疑で
「同じこと今できるか?」
 
ぼくは確信して
「燃えかすが、きみが燃やしたあとの。」
 
きみは水筒を取ると
「水もっと飲むか?」
 
きみはぼくに約束した
「――――。」
 
ぼくをひとりにしない
おいてはいかない
そして
美しい大地を飼った
きみとぼくだけの住む
 
 
 
 
 
“ある種子を潰した軟膏”
 
奇妙な骨格を乗り越えると、あの時間はひとつの秘められた謎になった。図書館の窓は例外なくほこりははらわれず、すっかりくもりきっていた。それでもにごった光は透過し、彼の姿、本へと伸びる彼の指先へと降り注いだ。彼は、長い指を見て、これは可愛げがない、と思った。一冊余分に持ち帰ろうとすることに感づかれはしないか気を付けると、ぼやけた光の中の自分を綺麗な部類だろうと思った。ぼくはピーターにふさわしい仲間だと、自分自身を再定義した。実際、彼はとても美しかったが、わずかな粗がすべての美点を汚点に変えさせた。そして、自分はずっと足りないと思い込んだ。
 
「ぼくは、あれか、あるいは、これを写せば。少しは多く銀貨が。」
 
弱りきった精神の中の揺るがしがたい自我。本との付き合いはうすく文字の上をすべるように這うか、一切の妥協なく内面への探査に出る潜水艇のようでなくてはならない。彼は、ある南国で、その冬を過ごそうと思った。そこには稀な果実が年中ふるようになるし、水は澄んだ雨が夕時にかけて降り注ぐ。つまり、なにも窮することはない。
 
「ぼくは、こうして先生と別れた。そして、先生の教えてくれたことで生き延びている。もしこれが罪でないのなら、あらゆるいっさいのこれまでの過ちはなかったことにされてしまう。」
 
彼の頬はずいぶん紅かった。それは、この図書館は日当たりの悪い方角に位置していて、外にいるよりもずっと冷え込んだからだった。吐く息は白く凍てついた。彼は、上着の右ポケットの中に手を入れると、飴玉を一つ探り当てた。ゆったりとした円を描く楕円の模範であったそれは、撫でられるとざらざらとした。光にかざされると、メビウスかコスモスか、どちらかの性質が新たに属性として付与されるべきではないかと思われた。テディ!頭の中で鳴り響く声は、誰のものでもなかった。それは、彼の生み出した錯覚ではなかったが、過去に経験した覚えのない事柄の一つではあった。飴玉を飲みこまないように気を付けて、本を数頁めくると、言語化される以前の言葉は一切の論理的骨格が取り払われ、意志の間の線分はこの国の歴史で言うところの青銅のボウルになった。王の手洗い桶には、魔術的様式美を追求したサクラメントが施された。図示されたアーケインオーガーは彼の腕の中をとおる無数の血管と同じだけ細かった。ピーターが青銅のボウルに張った水の中へと手をくぐらせるたび、彼の心は夜の森へ立ち返った。
 
「ねえ、胸から植物の匂いがするんだ。青い葉っぱが水に揺れる、悪夢の匂い。」
 
胸元へと手を滑り込ませると、リコリスとすみれの香りの予感がした。取り出した指を鼻に近づけると、彼は正気をいくぶん取り戻した。それは青い葉っぱというよりかは、没薬に近かった。突然、ある鳥の鳴き声がした。それは肺をとおった空気が声帯にたどり着いただけだと気づくのには時間が要った。鏡は、彼の嫉妬の対象だった。澄まして歩くあんな少年に相棒は渡せないと思うと、それは自分の姿だった。彼の声は透きとおって聞く者を感心させたが、声自体は何の意味も持たなかった。なぜなら、彼はそこにはいなかったからだ。充分に愛された子供は、いつもそのことがなにより苛立ちのきっかけだった。種子から搾り取られたばかりの油脂は乾燥して、だが容易に拭き取れるほどには本来の特徴をうしなってはいなかった。彼は心の中で大きく口を開ける風にして、こう言った。
 
「ぼくは愛されるべき人から、ありうるべき愛の形を授けられない。そのことがぼくを狂わせてならないよ。ねえ、ピーター。ぼくらはおとなになった?街は女の子がぼくに笑いかけるんだ。ぼくはきみのものでしかないのに。どうしていやなんだろう、ぼくはきみだけを愛したのに。」
 
美しい二人は旅に出ると、友情は永遠のものになり、別離は決定的になる。繭の中で相手の温度に気付こうとして、精神が知覚を克服しようとする。そして、心理的実体に触れると、彼らの少年時代は終わりへと向かいつつあった。

 
 
 
 
“寛大な悪夢”
 
「まだ寝てるのか?」
 
「起きてるよ。」
 
「空気が悪いんだ。毛布かぶってると病気になるぞ。」
 
「わかってるよ。それより、遅れると叱られるよ。」
 
「そうだな、あの親父の奴。そうだ、今年の刈り入れは今日で終わるから、あとで一杯やりにいくか。」
 
「うん。いってらっしゃい。」
 
「いってくるよ。」
 
顔を向けず、視線を合わさず彼を見送った。扉が閉まる音がして、足音が消えてから、百を数えた。ぼくだけの時間。ピーターのいない部屋。乾燥した空気と湿った心地が充満する。ぼくらはわりと良い場所に住んでいるだろう。もともとは馬屋だったところを直して、寝台と机と棚が置かれている。これは、ピーターの言うところの農家の親父が彼を気に入って空けてくれた場所だ。他にも僕らのような子供たちはいるけれど、もっと粗末でひどいところをあてがわれている。ねえ、ここはとてもいい場所だったなら、ぼくらははやく離れるべきだった。僕らは恵まれている、なぜなら、魔法の効き目がいいうちに眠りにつくことができるからだ。それでも、この寝台は二人で寝るには窮屈なんだ。そして、ぼくはいやな夢を見る。
 
「いやだ、ほんとうにいやだ。」
 
ぼくは毛布をよけて、寝台から降りると薄い板の戸を押した。戸の間には粘土が詰められて、隙間風は吹かないようになっていた。小屋の裏手にある井戸から汲む水は、いつも以上に冷たかった。ぼくは洗濯用の桶に水を移すと、シャツを脱いで入れた。丈はとても長い。裾はぼくの膝の先まである。よく洗おう。きっといやな匂いもするはずだ。水を汲んではシャツにかけ、三度もすすぐと指は真っ赤になった。それでも、そのシャツには違和感が残るように思えた。早めに切り上げて、つづきの写字をしなければいけないけれど、シャツはもう一度はすすがれるべきだった。そうじゃないと、なにもかも知られてしまう気がした。だけど、もう一度は保留にして、まずは次は体をゆすぐことにした。本当ならやかんにお湯を沸かし、桶にぬるま湯をはるけれど、今日はこの冷水でいい。頭からかぶる氷水に近いそれは、ぼくにいくらかの正気さを取り戻させた。それでも、体の中心に残った熱は醒めてはいかなかった。もしかして、ぼくは呆けたり白痴のようになったりするだろうか。図書館で読んだ医学書には、これは病気だと書いてあった。もし自分がしたことでなくても、極力あったらいけないことだと書いてあった。体洗い用の桶に水を張るのには、二十回は井戸から水を汲み上げなければならないんだ。気は重かったけれど、普段使われていないぼくの筋肉は思いのほかよく働いた。運動に変えることで、ぼくの脆さはいくらかの定常的で強固な意志へと復元された。つけ置いておいたシャツを絞り、袖からロープにとおしてしまうと、朝の日の光は無色だった。シャツを透過する太陽の光は、まるでぼくがしでかした失敗そっくりに見えて、頭を振るった。そして、濡れた木綿の生地に鼻を近づけると水の味がした。そこからは、水以外は感じ取れないようだった。くちびるが触れると、涎がついたように思われて、もう一度ゆすぎたくなった。ぼくは潔癖症かもしれない。だけれど、夢の中で女が覆いかぶさってきたんだ。ああ、いやだ。ぼくはきみだけを愛したのに、どうして女なんかが夢に出てくるんだろう。きっとぼくはいい子にしていなかったから、神さまが怒っているんだ。
 
「なにしてるんだ?風呂か?」
 
「どうしたの、忘れ物?」
 
「きょうはこれでもういいってな、終わりにしてくれたんだ。」
 
「ぼく少し時間かかるよ。」
 
「まだどこも開いてないからゆっくりしてろよ。そりでも直して時間を潰すか。」
 
「そっか。雪、降るね。すぐ。」
 
「え?なんだこれ。お湯じゃないのか。」
 
「なんかね。冷たい水が気持ちいいんだ。」
 
「おい、なあ。冷水なんか浴びなくたって大きくなるから心配するなよ。」
 
「違うって!」
 




“世界とファクト”
 
ぼくの限られた時間は未来へとつながっている。この変化は内在的で、ぼくの魂に縛りつけられている。その速度は、わずか、ゆるやかになることはあるかもしれないけれど、前以外に進む道はない。ぼくは自分自身に嘘をつくことはできない。ピーターを少しだまして気をひくことはできるけれど、ぼくを騙すことはできない。彼を騙す事と自分を騙す事とはいっさいが異なるんだ。ピーターは確かにそこにいた。ぼくは思う、もしぼくが愛した人が実存で、ぼくがいっさいどこにも存在しなかったとしたらどうなるだろう。ぼくらは、考え方次第では、いなかったことになる。つまり、ぼくは夢を見なかった。だけど、そこにはファクトが横たわっていたから、ぼくらはつながるべきだったし、つながっていた。なぜなら、ぼくらはある一つの普遍的な状態に関する確信的な部分を同じように共有していたからだ。全く同じであったかはわからないけれど、それは限りなく近い形で、お互いの手に取るものだった。ファクトが知覚上接するという点において、ぼくらは観念を超越する揺るがしがたい次元で、ごく日常的な自分たちのある場所を共有していた。
 
「テッド兄ちゃん。難しくてなんのことだか分からない。」
 
「そうだな、エイデン。いつも通りならば、きみのかばんにはリンゴが二個あるね。きみはそれを心に描けるかい?」
 
「できるさ。僕は絵は得意だよ。よく母さんも褒めてくれるんだ。」
 
「じゃあ、ノア。きみはエイデンのリンゴを思い描けるかい?」
 
「できるよ。リンゴなんてどれも同じだろ。」
 
僕はエイデンにかばんの中のリンゴを出すように言った。手に取ると、それは球状と形容するには憚られるほどにはいびつな形をしていた。僕はそれをなるべく高くかざして、こう付け加えた。
 
「きみたちの思い描いたものを心の影の一種だとすると、これがあのリンゴの実在なんだ。ぼくらの世界はこのファクトという一切揺るがない現象を通してつながっている。読み書くということは、こういうことなんだ。きみたちが学んでいることは、まさにいまきみたちの身の回りに起こっていることがらを書き残し、あとからの人たちが知る手立てになる。例えば、ふくらまし粉は木さじで二杯まで。それ以上はパンが苦くなって食べれたものじゃなくなる。例えば、この村では塩漬けを作る時はいつも言われる半分の塩で済むこと。それは、ここがずいぶん冷えるからだし、塩はそれだけ温存できるしするべきだということ。読み書くとは、つまりこういうことなんだ。」

 
 
 
 
 “インテュイティア 瑞夢”
 
「花火が始まる前に行くぞ。」
ピーターは普通に歩くのでもぼくより早い。それが早足になるんだから、僕が指につまんでいた黒炭のかけらは、文字になる前に絵を描くよう蛇行した。
 
「ちょっと待って、書きつけてるんだ。」
 
「俺には読み書きはわからないが、紙に書いてばかりで頭を使わないと人間、馬鹿になるのはわかるぞ。」
 
「でも、忘れたくないんだ。」
 
「ずっと口ずさめば、きっと忘れない。歌いながら歩け!」
彼はぼくの腕を取って、走り出す。
 
「で、でも。あ。」
つまんでいた黒炭は、指先でつぶれて粉になってしまった。これは、やわらかいだめなやつだった。
 
「いいから、あれは夜明けの花火なんだ。夜が明けてから見るんじゃ意味がない。」
 
どうしようぼくは、ぼくは思い出せなくなるのはいやだ。思い出せなくなってしまったら、もうどこにもなにもいなくなってしまうかもしれない。
 
「わかるぞ。」
 
「え?」
 
「お前が見ているのは悪夢じゃない。現実さ。」
 
「どういうこと?」
 
「俺にはアーケインオーガーはないけれど、王族の勘があるんだ。」
 
「なにそれ?」
 
「お前は今に、あと数年もしないうち。好きな女ができるよ。だから、俺らは俺らの息子の代になっても、この冒険を続けるんだ。ずっと、」
 
あれはちょうど、法外な爆音が聞こえてしばらく。そしてそれから、夜空に火花の星が散ったころだ。ピーターの言おうとした続きが掻き消えても、ぼくは聞き返しはしなかった。なぜなら、そこには奇妙な安心感があったからだ。あるいは、こう思ったのかもしれない。ぼくはまだ彼の何も見てはいなかったってね。彼のいる時間に、ぼくは住んではいなかった。きみのいたころ、ぼくは遠くの別の星の下で、なにを感じていただろう。たぶんそれはおそらく、真冬の訪れを告げる風の裏側をなで、きみはまだそこにいるように思えていたんだろう。
 
「ねえ。」
 
「なんだ?」
 
「きみを永遠に愛せなかったとしても、ぼくはきみを好きでいていいの?」
 
「そうだな、子供は大人になるだろ。だから、大人は子供を愛せるんだ。ぶつやつもいるけれど。だから、永遠なんてないし、いらないんだ。人は人を永遠に愛したりはできない。たとえ、もしできたとしても、いずれは死が訪れる。だから、俺たちはもっと先へ進むべきなんだ。永遠の愛なんてない、だから、俺たちは永遠を超えた先にある友情を住処にできるんだ。」
 
「よくわからないよ。」
 
「なら話は早い。花火は空が燃えて、夜を昼にするんだ。今年の今日の太陽は二回昇る。今はそれを一番いいところで眺めるのが先決だ。」
 

 
 

 “きみへの手紙”
 
泣いたりしないよ
だって きみはいる
きみは ほんとうにいるから
 
ぼくは 泣いてはいないよ
だって きみを想うと
もう暖はとったようなものだもの
 
ぼくの誇り きみの夢
かけがえのない きみだって
ねえ 信じてくれる?
ぼくは強くなった きみなしで
だって ぼくはきみが大好きだ
 
泣いたりしないよ
だけど きみはどこ
ぼくはここにいるよ
 
ぼくは 泣いてはいないよ
きみは何もくれなくて
ぼくは月の裏側に
ある書き置きを残すんだ
 
もしも傷つくことがあるのなら
いつか思い出して
きみの病をいやして ぼくは死んだのだから
すべての戦闘は停止して 天を仰ぐ
この風がぼくだから きっと忘れないで
 
 
 
 
 
“いっぱいのブーツ”
 
草むらで昼寝すると夢を見た。ここはずいぶんと野蛮なのに、幸福はこの世界にしかないんだって。神様は言ってた。だから、ぼくは探すことにしたんだ。うーん、なにをかって。えっと、きらきらしてお金の代わりになって、みんなが欲しいっていうものなんだけど。え、ガラス玉じゃないよ。もっとすてきなものらしいんだ。ぼくはブーツの紐を結んで、でこぼこの石畳に足の裏が痛い思いをするのを予感した。去年のピーターからのぼくへの誕生日のプレゼントは、この革靴を磨くことだった。ピーターが廃材で作った木箱には、一揃いの革を直したりする道具が入っていた。その中のひとつ、特にピーターが自慢にしていた瓶入りビーズワックスは、少量をスポンジに取られ、死んだ子牛の肌の上を滑ると、生きていたときよりも靴はぴかぴかと黄金色に輝いた。それからぼくは、この靴と仲良くやったものだった。走ったり、川にもぐったり、泥をかぶったり、ピーターが蜜蜂の巣を盗みに行くと計画した時も、乾き損ねたこの靴は仕事をした。だけど、もうずいぶんきつくなった。今は、少し長く歩くと、くるぶしとかかとが擦れて、血がにじんだ。
 
これからあとどのくらいの時間、どのくらいの距離を歩かなきゃいけないだろう。気が遠くなったから地べたに座り込んだ。ぼくは歩いてきた。わけもわからず、野を跨ぎ、借りた詩集は落とし、なるべく早足で、たった一輪のばらにさえ目もくれず、そこは光も差さず、人間の起こす雑踏の臭いにむせかえりながら、きみを思い出した。きみの直してくれた、この革靴。ぼくの汗がにじんで汚れてしまったこの靴。ぼくはどうして、きみとはずっと一緒にいられないだろう。もしあの樫の木に、ぼくが力を尽くして最後の言葉を掘ることができたとしたら、それはきみの名前じゃない。ぼくの名前だ。きみがいつかここを通り過ぎるとき、あのとき直した靴が、幾千の夜を越えて、未だここに眠ることを記して残すんだ。
 
「お前の靴さ。衛生上、問題ないのか?」
 
「きみの機械油まみれのエプロンより、ぼくの足の方がきれいだろ。」
 
「そんなことはないだろ。」
 
「きみの革のエプロンに付いた油は、食べるとぼくらは死ぬ。だけど、ぼくの足をもし茹でて食べても人は死なない。」
 
「確かに。学問とか、書物って、意外なところで役に立つもんなんだな。」
 
「来年もグースベリー採れるかな。」
 
「一番乗りなら、何回だって取れるさ。」
 
なら、もういちど声をきかせて。きみとぼくだけの住んだ、あの名のない庭で。
 
 
 
 
 
 
"ぼくらの真理"
 
もしかしたらあれは夏に置き忘れてきてしまった。食べきれなかったすいか。ぼくらの夏の思い出は遠くかすんで、見えなくなっていくよ。あの夏色の時間。もしこれからあるだけの願いちりばめて形にするとしたら、拾った貝殻の虹色の真珠層は、あれはまだ砂浜に置き去りだ。もしも、もう一度拾って、すっかり冷たくなった波に足を浸けたなら、ぼくらは知るだろう。ぼくらの本物はあそこに飾ってあって取り出せない、だから、ぼくらは真実を知る、って。ぼくらは成長する。変わりゆく世界に応じるべく、体は姿を変える。違う道を行けば、ぼくはオレンジの木になっていたかもしれないし、きみは緑色じゃない恐竜になったかもしれない。だけども、それでもなお、ぼくらはこの世界から、ぼくらを取り巻くすべてから促される、成長の方向と進化の道筋を否定しない。だけど、どうぼくらの見る景色が変わりうるとして、きみの身長があと頭二つ分は伸びるとして、あの夏のすいかは変わらない。ぼくらの本物はもうあそこに飾ってあって、取り出したり書き換えたりはできない。古代の動物が、翼を五本の指に変えたように、ぼくらも一切を自らに規定することなく、この環境からの眺めに応じて伸長すべき方向を決める。それでもやはり、ぼくらはいつでも思えるだろう。ぼくらの本物はあそこに飾ってあって取り出せない、だから、ぼくらは真実を知る。そう、ぼくらは疑い続けて生きた。どんな場合であっても、ぼくらにとり、ある建設的な取り組みを支持しないルールは、まったく意味をなさないとしてはねのけた。それが親であろうと、血を分けた兄弟であろうと、ぼくらはまったく不同意だった。そしてだから、ぼくらは、あの夏の思い出をぼくらの真理として飾り続ける義務を負う。さもなければ、ぼくらはどこからもいなくなる。

きみの父さんは、きっと見つかるよ。ぼくらは、ただ、探さなくなってしまっただけだ。ぼくらはいまあるものに、それなりに満足をして、本物の家族のようにして、ずっと過ごしてきた。ぼくは、母さんを思い出さなくなった。ぼくにとっては、きみこそ慕わしく、唯一の兄弟で家族になった。もうどこか、きみの声のとても聞こえないずっと遠くまで来てしまったけれど、どうしてかきみの声の輪郭はずっとずっとはっきりしていくよ。ねえ、そこから、一度でもぼくは見えたかい。そうでなければ、きみの夢は見渡せるかい。本当に当然だと信じていたことを、神様がいるのだろうということを、ぼくらは捨てたんだ。ぼくらにはもう、ぼくらしか信じるものを持たない。たとえもし、きみが死んでしまったとしても、ぼくはもう、ぼくしか信じるものを持たない。
 
 
 
 
 
 “機械化するぼくらの骨”
 
使い古された猟銃
ひび割れた銃床
解体されたあの銃をくみ上げて
彼は背負うと撃ちにいく
 
雨音は繁茂する
息をひきとるまえに
飛散した白い鴨
あらためて目をとじると
笑って警告し
後ろから撃つ
 
積み上げた思い出を
今日ですっかり忘れると
明日はかわいいあの子がさ
こっち向いちゃくれないかって
そう思いあげるんだ
 
 
 
 
 
“宇宙に届く白い線”
 
「どこから?」
 
「ここから。」
 
 
あれはぼくらだけで組みあげた
最高の翼
もしかしたら そう
きっと そうさ
あの青い色 空に溶けて見えなくなる
 
あれはぼくらだけが組みあげた
美しい翼
木釘をボートに打ちおえ
青く塗って白くした
あの青い白 水に溶けて見えなくなる
 
ねえさ
もしも今日が続くことがあるならさ
きっと思い出そう
あの紐はぼくが切って きみが結んだ
二人がかりでなければできなかった
あの光は ぼくたちがひいた
 
ねえさ
きっと思い出そう
あれはぼくらだけの海
誰の声も聞こえない
船のあとに続いた
宇宙に届く白い線
 
 
「飛べるのか?」
 
「そのつもり。」
 
 
だって、ぼくらはすべて見た。ぼくらだけの軌跡。だけど、ぼくらはもうずっと飛んでいた。翼は仕立てられるより早く、生まれ持った。だから、ぼくらはもうずっと知っていた。ねえさ、もしもほんとうにそうならさ。きっとぼくは、きみのいる今を、何よりとても愛するよ。
 
ステンドグラスの向こうの太陽は語り、隠れた月がつぶやいた。ボートの行き先には空と湖が編み込まれ、この手は雄弁に未来を示すんだ。両腕に宿るありとあらゆるもので、生きてきたんだ。そして、ぼくはもうこれを問うことはやめにしよう。きみとすれ違わないでいられたのは、この腕に宿る魔法の力のおかげなんだ。ぼくはこの力をすべてを踏み越えて、きみの友でいたいだろう。この友情は、ぼくが命を懸けて守るに値する、ほんとうに、ほんものの特別で、ぼくだけのかけがえのない宝石だ。ぼくだけが知っている、とても美しい、それは血よりも赤く燃える白い光だ。
 
 
 


“少年兵のブリキ”
 
融合する意識を成型して
二人の距離の間を見積もる
 
あるだけの希求を込め
剣は野に捨て 僕らは空を覗いた
 
絶対の善など 絶対の悪など
何一つとして確かなものはないんだ
 
それでも、この痛みを踏み越えた先にあった
あの目がけた自由へ向けて行こう
 
だけど帰りたいと願うだろう
もう戻れないところまで来てしまった、と
 


 
 
“ブリキの少年兵”
 
猟銃は玄関に立てかけられて、あれはぼくが覚えていた。あれはそうだ、ピーターのものだ。眩暈と火薬の匂いがして、ぼくはあの草原が黄金色に輝くのを思い出す。あの草原に、だれかひとなどいただろうか。
 
ぼくは知っている。あの花は、ぼくが手折ろうとしてピーターが止めたかもしれなかった。それはどうしてか、青ざめて薄ぼけていく。もしぼくが魔法の言葉を口にして、もしあの炎の中へ一切決断を投じたとして、もしなにもかも捨て去ったとして、残るものはあるだろうか。それは自由であり秩序であるべきだった。あの銃は、確かに玄関に立てかけられて、あったんはずなんだ。だけど、ないんだ。
 
目を凝らせば見えるあの草原に、ぼくらは、ぼくはいたんだろうか。ぼくの皮膚が知覚した、一塊の経験であって、ぼくらの真理であったろうもの。あの銃はなかった。朝、ピーターはあれを担いで出かけたんだった。大物を捕まえてくるよ、って、言っただろう。融合する意識はひとりでに成型され、ぼくらの間の距離を神が見積もる。どうしてだろう。どうしてだったろうか。あれは、朝はあったんだろうか。ぼくのアーケインオーガー、ぼくだけの魔法の力。人がいなければ、意思をたどることもできやしない。それでも、意識をこの部屋に集中させるべくくべると、あるだけの希求が込められたように感じられた。空は、ぼくだけを聞き、ぼくだけを覗いた。彼が捨てたかもしれない剣は野にあって、こう呟く予感がした。
 
「絶対の善など。絶対の悪など。何一つとして確かなものはないんだ。それでも、この痛みを踏み越えた先にあった、あの目がけた自由へ向けて行こう。」
 
いつかもし、ぼくらは辿り着くとして、だけどきっとぼくは帰りたいところさえ思い出せないんだ。始めから戻るべきところなんかなかったのだから。あれは、きみという輪郭にぼくが傾けた情熱の時間。あるいは、ぼくだけがきみを愛した証だった。
 
きみがくれなかった愛を、ぼくはきみに捧げつづけた。
 

 
 
 
“きみに捧げた”
 
もしも 呼ぶことがあるならば
ぼくは もう何度かだけ繰り返そう
あの夜はきみが昼にして
ぼくらは一晩中あそびつづけた
 
そうだあれは、ぼくらが捨てた剣
拾って使う人もいるだろうか
きっとぼくらより遠くまで描いて
彼らもまた捨てるだろう
 
そうだ ぼくらの声は聞こえるかい
あれは ぼくらが始めて
もうずっと前にやめてしまった
だれか思い出す人がいるだろうか
 
きみがくれなかった愛を
ぼくはきみに捧げつづける
魔法のアーケイン
きみの名前を呪文にさ

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