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140文字のアフタマス 1-40話

9/21/2017

 
オリバーの自伝小説
画像
ぼくはあいした
ぼくがあいするように
ぼくはあいした

140文字のアフタマス 1話
 
「こんなもん破いて燃やしちまえよ。」
 
「乱暴はよそうよ。」
 
「お前はそれで本当にいいの?」
 
 わからない。そんな。一言、っていうのを僕は持っていないんだ。僕は、一言で説明するのが得意じゃないんだ。
 
「ただ、人の物を破くのはよくないとおもったから。」
 
「じゃあ、お前は破かれてもいいのか?」
  
 宙の機嫌がいいのは、バイクの運転から伝わってくる。今日は機嫌のいいときの運転だ。一人の時は無茶やるらしいけど、僕を乗せているときは、危ないことは何もしない。すこしちょっとなんか、運転の呼吸が変わるんだ。それに、宙はキレやすい。でも、僕にキレているときでも、なにか他のものにあたっているようなんだ。どうしてそんなに、冷静でいられるのかって言えば、僕がキレたら人殺しをやっちゃうからだよ。
 
「オリバーっていいよな。俺もその名前がよかったな。」
 
「こんなの何も考えてないやつが付ける名前だよ。」
 
「俺の名前。変かな?」
 
 宙はよく名前がおかしくないか聞いてくる。おかしくなんかないよ。愛されている子供がもらった名前だ。僕の名前なんて、何も考えてないやつが何か考えてるふりをしたくて付けるような種類のものだよ。
 
「いい名前だと思うよ。僕は名前審査員じゃないから、賞はあげられないけど。」
 
「なんで。半分しか燃やさなかったんだよ。」
 
「単純だよ。人間は、全部燃やされたら仕返したくなる。けど、半分残ってたら、ああ良かった悪さはやめよって思うでしょ。」
 
「オリはやっぱり頭良いな。」
 
「頭がいい人たちの子供だからね。」
 
 本当はさ、踏ん切りがつかなかっただけなんだ。宙の言うとおり、あいつの絵も楽譜も全部燃やしてやっても良かったのかもしれない。だけど、僕は決心がつかないんだ。一人で自分と向き合うことへの。だから、僕は知恵を働かせる。僕にとってまずくない選択になるように、いつも注意を払う。それから、僕の評判にも気を配る。女の子には徹底的に優しくする、とかさ。宙は一生の友達だと思うし、だから、友達も大事にする。木々が植物の生の匂いをはなっていると思ったら、気づくとすでに通り過ぎていた。そして、人間の群れで咽る住宅街へと入っていた。今日は早い。まだ9時にもなってない。古い造りの家。欧風というんだろうか、洋風というんだろうか。玄関には明かりがついていた。
 
「ついたよ。グラニーいる日っぽいね。」
 
 僕はバイクから降りた。宙はLineする、と手で合図をした。彼の黒いグローブは、昔お父さんが使っていたものなんだって。それって何人目のお父さんのこと?とは聞けなかった。だって、宙の本当のお父さんは誰かわからないから。走り去る宙のバイクの排ガスの匂いで、少し悲しくなった。僕はバイクのことは詳しくないけれど、宙のバイクは胸を窮屈にする匂いがすると思う。
 
 深呼吸をしてため息をついた。早い時間に玄関を開けるのは、なんだか気後れした。だって、ご飯食べたり、笑顔作ったり、言葉を組み合わせたりして、感じていることを口から出さないといけないから。
 
 
 
 
 
140文字のアフタマス 2話
 
 玄関の扉は空いていた。いつも用心なおばあちゃんにしては、めずらしい。おばあちゃんって用心深いんだろうか。音楽かけっぱなしで出かけたりするし。そういえば、今日も、外に聞こえるくらいの音でなんかかかってた。うーん、やっぱり結構いい加減だ。圧力鍋を火にかけたままドラマを見てて、消防車呼んだりもするし。それなのに、また新しい変な調理器具を買ってくる。フィリップスのヌードルメーカーは、まだ二回目の出番が来ていない。
 
「おばあちゃん。鍵あいてたよ。」
 
「バイクの音がしたから開けておいたの。今日、さあちゃんとの約束放ってでかけたでしょ。」
 
「ないけど。え、どこで、サヤと会ったの?」
 
「何でも知っています。さあちゃんとおばあちゃんはSkypeで、ときどき話す仲です。」
 
「なんで、おばあちゃんとサヤがSkypeの交換してるんだよ。」
 
「お前の選んでくれたiPadだからって、お前としかSkypeしちゃいけない決まりはないんだろ?」
 
「そうだけど。」
 
「ヒロくんは帰ったの?」
 
「あいつおばあちゃんがいるときは入らないよ。」
 
「気を使わなくたっていいのにあの子。」
 
「そんなことより、サヤはSkypeやってないよ。」
 
「グラニーはLineは知らないけど、Skypeだったらオリバーが入れてくれたのがあるよって言ったのよ。そしたら、さあちゃんは面倒見のいい子だからね、じゃあ私もやるって言って交換したの。」
 
「ふうん。」
 
「今日は学校に行くって、さあちゃんと約束してたでしょ。」
 
「明日会うからいいよ。」
 おばあちゃんは、ふつう叱ってこない。宙と僕が、花火を集めて爆弾を作ってた時も、消火器横に置いて作れ!とは言われたけど、叱られはしなかった。だけど、人との約束を破ったりするとおばあちゃんはうるさい。
 
「ねえ、おばあちゃん。そんなのかけるのやめなよ。お母さんだったら怒りだすよ。」
 
「何言ってるの。みんな気に入ると思ったから買ったのに。特にJBのこのChildrenはいいわ。それに、オリバーのママと違って、グラニーは新しいものが好きなのよ。オリバーは新しいものが嫌い?」
 
「別に好きだけど。」
 
 
 
 
 
140文字のアフタマス 3話
 
 僕はうさぎを飼うことにした。小動物を欲しいと思ったことは、あまりなかったけれど、うさぎが鳴くと聞いたら欲しくなった。名前は考えた。うさぎ。そして、うさぎが鳴くまで飼っていよう。鳴いたら、捨てよう。ごみ箱とかに。
 
「オリバーさあ。ほんと自由だよね。」
サヤは子犬の入ったアクリル窓を爪で小突いている。
 
「うさぎは檻で買うから。自由じゃないと思うよ。」
 
「うさぎじゃなくて、学校だよ。来ないの?」
コツコツと音を立てる爪は、オレンジ色のネイルでグロスがたっぷりと塗ってある。
 
「サヤは良く遊びに誘ってくれるよね。いじめられちゃうよ。ほら子犬もおびえてる。」
 サヤは塾のない日はほとんど、僕をどこかに出かけようって誘ってくる。だけど、受験生の彼女の塾のない日っていつだろう。
 
「あんたみたいな頭おかしい奴とつるんでたら、いじめられようがないよ。」
 
「白いのもけっこういいじゃん。でも毎週洗うのめんどくさそう。」
 
 ワンちゃんが怖がっちゃうからやめてね。
 
「はぁい。」
 
「ほら。怒られた。」
 
「叱られるべきは、オリバーだよ。だいたい、あんたがうさぎ飼うだなんて、実験とかいって殺すんじゃないでしょうね。」
 
「僕がうさぎのお腹開けて、はらわたにぶちこんでる瞬間をSnapchatで送ってあげるよ。」
 僕は手にうさぎを乗せ、指で腹を突くジェスチャーしてみせる。
 
「今のはクラスの女子たちに聞かせてあげたかった発言だよ。」
 
「僕はこの世界ほど狂ってはいないよ。うーん。宙のバイト代が入ったら買ってもらおうっと。」
 
「自分で貯金するとか、そういう発想ないの?」
 
「あいつのせいで、おこずかいくれる人いなくなっちゃったんだよ。だから、責任取らせるんだ。でも別にいいけどね、日本人ってケチだったし。」
 
「あんたも日本人だよ。」
 
「うん。そうだったっけ。あ。今日は、塾もういかないの?」
 
「あんたのうちでやるよ。グラニーがアロマ焚いてて快適だし。それに塾ってみんな必死すぎて、馬鹿みたいなんだよね。あれ、今日って何の家庭教師来る日だったっけ?」
 
「なんでも。」
 
「なんでも教える先生は良くないって頭よさそうな先生が言ってたよ。」
 
「なんでもいい。ってこと、だから記憶してないや。」
 
「適当なんだから。どうせうさぎも適当な名前つけられて、適当に捨てられるんでしょう。もう出ようよ。」
 
「僕みたいにね。」
 
 ほんとは知っている。何の先生かは知っている。だけど、知らないふりをする。どんなことも、できるだけ知らないふりをする。本当はわかっていたことを聞く。大人は自分の役割を演じられないと不安になることを僕は知っているから。僕が触る前から答えの決まっていることなんてどうだっていい。わかっていても、わからなくても、本当はどうでもいい。僕が考える余地のないことをどうして僕が考えてみせないといけないの。ねえ、うさぎ。





140文字のアフタマス 4話
 
 サヤの書いた線は、僕の書く線より何倍も力強くて濃かった。僕は昔と同じ気持ちを感じることができるけど、僕の周りが同じになるわけじゃないんだ。この鉛筆で思うだけのことを線にして文字にすることができるのに、僕が欲しいものは何一つ言葉にはならないんだ。
 
「先生って彼氏いますか?」
 
「あのね。わたしはね。高橋くんに勉強教えにきてるのね。」
 
「だから、内気な高橋くんの代わりに質問してます。先生が処女を捨てたのは何歳の時ですか?」
 
「その言葉ってちょっと変じゃない?だって、捨てるんじゃなくて、克服の方が自然な感じだよ。」
 
「お、一時間ずっと無言だった高橋くんがのってきた。これも愛の力だ。」
 
「先生すみません。林さんがどうしても勉強したいって言うから。」
 
「いいですよ。だけど、問題集の分からないところだけ質問してくださいね。」
 
 いつかきっと、星になってしまったんだ、僕が大事に育てていたうさぎは。白いうさぎは、空は飛べなかったけれども、穢れのない赤い眼をしていた。彼はそれを最後まで信じることにした。白い羽毛はすっかり濡れてべとべとだったけれど、彼は神様に星にしてもらえるくらい、きれいなうさぎだったんだ。
 
「はい。林さんの方はよくできています。ですが、1ページごとに、こんなに大きくサインを書かなくてもいいですよ。」
 
「私、有名になった時の事を考えてサインは準備しておきたいんです。」
 
「はあ。えっと、高橋くんは、英語の問題集に嘘の英字新聞の記事を書くのをやめましょう。だいたい、一問も解いてないじゃない。」
 
「老眼で見えませんでした。」
 
 iPhoneに通知が来た。下までおりれる?
 
「あなたたちねえ、そうやって。」
 
 先生の残りの話はサヤが聞いているだろう。僕は空いていた部屋の扉を走って抜け、階段を駆け下り、玄関の扉を開けた。真っ黒いバイクに、真っ黒いウェア、真っ黒いヘルメットにグローブ。宙が僕に気づいて手を振った。
 
「サヤ!あしたあやまる!」
 開いていない僕の部屋の窓に向かって叫んだ。
 
 
 
 
 
140文字のアフタマス 5話
 
 宙のバイクには新しくスピーカーが付いた、それも無線の。iPhoneからこうしてLady GagaのTelephoneをかけることだってできる。
 
「後ろでiPhoneいじってるのはいいけど、カーブで振り落とされるなよ。」
 
「うん。」
 
「あと一年したら、車に乗れるから、そしたら3人で出かけられるな。」
 風の匂いより、宙の上着の牛革の匂いがした。一年?
 
「サヤはバイク乗るとお父さんに叱られるしね。」
 
「うちの母親も、うるさいよ。バイクは危ないって。グラニーもだろ?」
 
「うん。」
 一年って遠いね、とても遠い時代の話だね。そういえば、僕が宙のバイクに乗せてもらっても、おばあちゃん何にも言わない。おばあちゃんの心配するところは、普通の人と違うから、愛情がないってわけじゃない。別に、つく必要もない嘘をついてしまった気分になる。僕は考えないで答えるから、あとから間違っていることによく気づく。
 
「今日は、サヤと勉強?」
 
「うん。」
 
 僕たちはビジーだ。僕らはこの世界の色んなことから隔てられているから、何も考える必要なんてないんだと思う。だけれど、何でもないときほど、かえってビジーになっちゃうものなんだ。宙は一人でいるのが好きなんだと思っていたけど、誰かといて疲れるのが嫌いなだけだと気づいた。宙と知り合って1年くらいだけど、僕らは色んなことを共有したと思う。
 
 帰ったら歯磨きをして顔だけ洗って寝よう。サヤにはまた悪いことをしたし、しばらくしたらあやまろう。
 




140文字のアフタマス 6話
 
 世界中にしみこんだ透明のウイルスに、僕は時々やられそうになる。だから、僕は自分で線をひくようにする。くだらない毎日とくだらなかった毎日に、たくさんの線をひいて、意味があったようにする。そうして意味のないことをせわしなくすることで、なんでもかんでも意味があるようになることを経験的に知っている。とっても無意味だけれど、とっても価値のあるものように誤解する努力をしている。きわめて計画的に計画を計画する。整然として逃げ場のなくなった日常は、自分の匂いがする。そこから走り出す勇気をひとつずつ消していく。
 白い軍隊が攻めあがる。ライフル銃を肩からかけて、戦いに恋し、戦いに愛された人々は、平和を胸に歩いていく。双眼鏡から目を離す。ずっと彼らを追ってたら、目が疲れてしまった。レンズにはかびが生えていてよくは見えない。でも見ていたいと思ったんだ。だって、彼らはきれいな世界を作ろうとしてたからね。もう一度のぞくと、白い軍隊はいなくなってた。代わりに、黒い軍隊が集まってきた。石斧を握りしめた、大男たちは無言で空を見つめていた。ここはこんなに雪がふるから、家に帰ろう。氷の粒のように、自由には落ちてはいけないよ。悪夢の中を泳ぎ続けているようだ。息継ぎしようとすると、頭を叩かれる。死にそうになるまで顔を上げるな。だけど、僕らは逃げ出さなかった。逃げ出したらいずれ死んでしまうから。もうとっくに死んでしまっているのだと気づくのには時間が要った。さあ、石と柄とを縛る紐をほどいてしまおう。僕らはもうこれを使わない。双眼鏡を草むらに投げて、寝転ぶことにした。空は雲が少なかった。彼らは僕らを殺そうとはしなかった、なぜなら彼らは僕らを愛してはいなかったから。ひとかけ口に放り込んだチョコレートは何の味もしなかった。ここは不幸なハッピーエンドだ。ミルクのない紅茶だ。ケーキのない誕生日だ。一人で食べるアイスクリームだ。僕を愛してくれる人のいない日曜日だ。
 
 時計を見ると4時になったばかりだった。床に落ちているTシャツは汗まみれだったから、もう一度は着ないことにした。スピーカーのバッテリーは切れて、音楽は止まっていた。目が覚めるとiPhoneは、いつも枕の下にいっている。手探りで見つけたイヤフォンを耳に差し、再生マークをタッチした。心臓の音が消えないのは当然だよ。だって、iPhoneからプラグが抜けているんだもの。もう一度再生マークをタッチする。周りが静かすぎて響いていた心臓の音は消えてなくなった。きっともう一人の僕が、iPhoneを壊さないようにそっと枕の下にしまってくれているんだ。
 
 



140文字のアフタマス 7話
 
 朝は窓をあけよう。短い深呼吸をして、雨の匂いを口いっぱいにふくもう。朝ごはんを食べずにもう一度寝よう。自分に悪いことをしているんだろう。でも僕は別にかまわないんだろう。生きていることが面白くないのはなぜだろう。無味無臭の水で口をすすぎ続けているからだ。始まりは、終わりと同じ音色がしているんだろう。だけど、同じ気持ちで終わりにのぞむことはできないんだろう。
僕は役割をこなすことができなくなった、壊れた犬だ。壊れても犬だから、飼い主のことが気になってしかたがないんだろうね。
 
「はいったよ。」
 
「ノックしないで入るのやめてって何回も言ったよ。」
 
「何かかけようか?」
 
「いいよ別に。」
 
「グラニーはね、オリバーの事なら何でも興味があるんだよ。」
 
「でも、ノックはしなよ。ちょっと問題的だよ。」
 
「グラニーはね、グランパになってもノックはしてなかったと思うよ。」
 
「そう思うよ。」
 
「誕生日はなにがいい?」
 
「子供じゃないから誕生日とかいいよ。」
 
「グラニーは知ってるよ。」
 
「なにをだよ。」
 
「今日はお買い物に行って、オリバーの服を買おうね。」
 
「僕は言われたとおりの服を着ていたんだ。」
 
「知ってるよ。」
 
「知らないよ。見てないじゃん。」
 
「見なくたってわかることはたくさんあるだろう?」
 
「そのおばあちゃんらしくない話し方わざとだよね?」
 
「そうですよ。だから、オリバーが少し自由になる服を買おうね。」
 
「僕は自由だよ。僕は人間なんだから、自由だよ。」
 
「朝ごはんも外で食べよう。」
 
「やめてよ。僕を特別扱いするのは。」
 
「特別なものを特別に扱ったらだめなのかい?」
 
「思っていることは、口にしなかったらわからないよね。」
 
「そんなことはないんだよ。言わなくたってわかることはたくさんあるんだよ。」
 
「言ったほうがよかったかなと思うくらいなら、言って悔しい思いをした方がよかったのかな。」
 
「言わないと決めたオリバーはやさしかったんだろうね。だけど、みんながそのやさしさに気づけるとはかぎらないんだよ。」
 
「僕は本当は他人のことじゃなくて、自分のことを考えていたんだ。自分が、困らないようにするために、気づかうふりをしていたんだよ。」
 
「誰だって自分のことを一番に考えるよ。それはね、何も悪いことじゃないんだ。」
 
「一番高い服を買うよ。」
 
「オリバーが欲しいんだったら、しかたないね。」
 
「嘘だよ。」
 
「さあ、シャワー使うんだろ。グラニーも今日はちょっとおめかししちゃおうかね。」
 
「いつもしてるじゃん。」
 
 
 

 
140文字のアフタマス 8話
 
 二人はどこまで年の差仲良しをしているんだろう。でも、年とってくるから、なおさら、決まり事なんてどうでもいいと思えるようになるのだろう。おばあちゃんの場合、若いころから変わってないような気がするけども。
 
「オリバーって顔に全部出るよね。」
 
「こういうのってよくないよ。」
 
「ついに反省したの?」
 
「サヤはちゃんとしてたほうがいいよ。」
 
「私はこんなにもちゃんとしてるでしょ。オリバーと並んで歩いたら、ちょっと初々しい二人にも見えるし。」
 
「今その状況を演じてみても、学校さぼってる不良にしか見えないよ。」
 
「ねえ。青春の1ページを汚いオトナと汚いガキにまみれて過ごすのが嫌だから、オリバーくんは平日堂々と海の見えるショッピングモールにグラニーとお買い物にきてるんじゃないの?」
 
「そこまで僕は過激じゃないよ。だからそうじゃなくて、サヤは人気あるんだし、中学生らしい青春っていうのを最大限極めればいいじゃん。」
 
「私は別に、ひと月に1、2回の特別をしてるだけ。たまにいないと、みんな私の事話しやすいじゃない?」
 
「顔がよくて性格がキツくなかったら、絶対いじめられてるよ。」
 
「いじめられてるのはオリバーくんの方じゃん。」
 
「女の子から嫌われた覚えはないよ。」
 
「そういうこと言うから、男子たちから嫌われるわけだね。」
 
「僕だってできないことはあるよ。走ったり、ボールを蹴ったり、肉体労働系の活動っていうの?そういうところで、優越感をに浸ればいいんだよ、男なんだから。」
 
「もういい。もうストップ。あんたは、黙って座ってるだけでも、顔が言いたい放題いってる救えないやつだよ。笑顔と愛想のふりまき方をちょっと教えてあげよう。」
 
「別にいいよ。」
 
「ここのカフェ、半分満席じゃん!」
 
「んっうん、て、定義のしかただね。」
 
「それじゃ顔はガキだけど、笑顔の表れかたがおっさんだね。恥ずかしがって笑うってのは、子供はしないの。子供は心から笑うから、相手の共感を誘えるの。そういうのに馬鹿は弱いの。はい、もう一回。」
 
「超、計算だね。」
 
「クマ・クマ・シカ!」
 
「ちょっと、見られたじゃん。声大きいよ!だいたい、めちゃくちゃはずかしいんだけど。」
 
「恥を捨てられないなら男をやめろ。」
 
「それ、名言集として出版しなよ。」
 
「オリバーくんに言われなくても、有名になったらするつもり。」
 
「みんなにするみたいに、もうちょっと優しくしゃべってよ。」
 
「工業用オリバー。」
 
「ばかばかしいよ。意味が分からないよ、それ僕のことじゃないでしょ。どっか他の大きい車とか運転してる同じ名前のやつのことだよ。だから。変。変だよそれは。」
 
「負けを認められないなら男をやめろ。そうやって笑えたことを、1ページの端っこに書き足しといて、中年のオリバーの楽しみに残しといてあげなよ。」
 
「ねえ、おばあちゃんが戻ってきたら、いっしょに僕の服選ぶの手伝ってよ。」
 
「オリバーって何でも似合うから、やる気なくなるんだよね。」
 
 
 
 
 
140文字のアフタマス 8.1話
 
 白いうさぎは、思ったよりふわふわしてなかった。どっしりしているというか、肉っぽいという感じだった。おばあちゃんに言わせると、食用うさぎを小さくしたから重たいんだって、これはたぶん得意の思いつきだ。うさぎはまだ肉になれるんだから、よほどいいんだよ。壊れた犬なんて、誰もどうしようもない。助けたいと思ったんだ、彼は、すべてを。だから、すっかりおかしくしてしまった。すべてを整然としようと。
 
 四角い箱の中には蓄音機を置こう。すべての世界を整然と作りきって、その中で好きな音楽が鳴るようにする。だから、この蓄音機は家具だ。この箱の中で定義される音だ。僕は何も聞くものがないから、そっと目を閉じた。

 油圧をたしかめて、一息ついた。僕は空を眺めたいと思うんだろう。だけれど、目に入るものはコンクリートの壁だ。灰色の仕切りだ。ゆっくりと呼吸をしてから、箱の中をのぞこうと思った。整然とした世界で鳴るようにした音楽は何色をしているのか、そっと耳を澄ませた。ここは灰色で塗りこめられていて、何の音もしない。箱の中は空っぽだ。僕は好きだよ、とてもね。だけど、もう好きじゃないだろう。だって、死んでしまったのだから。アブソリュート・ナイトメア。夢見ていたころにかえりたいな。僕は帰り道をiPhoneで調べようとした。だけど、とっくにバッテリー切れだ。そして、頭にきて強く画面を押し込んだ。だけど、画面はたわむばかりで割れはしなかった。あいまいで澄んでいたんだ、僕の子供時代は。幸せな悪夢に浸っていよう。コーヒーに浮かんだまま腐ったパンのかけらのように、真っ黒いかびになろう。二度とその白さを見ないで済むように、絶対の悪夢に耳をすませよう。

 ここは最高なんだ。だからとどまりたいと思うだろう。だけど、ここにいては腐っていくんだ。だけど、進めば見渡す限り灰色の壁だ。
 
「いつまで日曜日のおじさんみたいに座り込んでるの。靴、見に行くんだけど。」
 
「僕はどうしていればいい?」
 
「どうしていればいいかわかりたいから、こんなに新しいオリバーくんを買ってるんでしょ。」
 
 



140文字のアフタマス 8.2話
 
 説明するのに言葉がたくさん要ることを聞かれたときに、ああ僕はよくばりなんです、と答えることにした。だいたい、そこまで興味があって聞かれたわけでもないだろうし、みんなが楽しめるわけでもない話をしてもしようがない。だから、よくばりなんです、で片づけてしまう。この言葉が持つ印象はおいておくとして、適当に多くのことを片付けるには便利な言葉だと信じていた。これ以上興味がある人は、どう欲張りなのか聞いてくるから、それに応じて縫い目を見せればいいし。だけど、思い返してみると、意外と、どう欲張りなのか聞いてくる人が多いってことなんだ。これじゃあごまかすための言葉じゃなくなってしまう。
 
 サヤに聞くと、よくばりってのは見た目に表れていないといけない、だけど、お前はよくばりオーラがないんだよ、と言った。
 
「僕ほどの野心的な人は、そうはいないよ。」
 
「あのね。よくばりっていうのは、もっと目先のがめつい奴を形容する言葉なの。」
 
 つまり、僕が言うのじゃ質問の余地を大きく残してしまうらしい。サヤの持ってきたヤシの木のプリントされたTシャツはとても丈が長かった。
 
「じゃあ僕がもてまくるような、そういう格好選んでよ。ていうか、これ薄すぎるよ。」
 
「本当に、もてたいと思ってない奴にどう選べばいいの。」
 
「サヤが勉強ができる理由が分かるよ。」
 
「素直に、あなたの言うとおりですって言えたら、かわいげがあったね。」
 
「とにかく、これ薄いよ。」
 
「ちょっとくらい薄い方がいいんだよ、男も。」
 
「信じていいのかなあ。」
 
 僕はここへきて来たチェックのシャツに着替えた。僕は襟がある服が好きだ。だって、それは自分を守ってくれそうな気がするから。ここからここまでが、僕だから、君はここまでなら近づいてもいいんだよってね。おばあちゃんは、サヤじゃなくて僕にお金を渡すべきだった。だって、このままじゃもう一人の新しい僕と、僕は部屋でうまくやっていかなきゃいけなくなる。
 
「はいはい。お待たせ。靴を見に行こう。」
 
「靴は困ってないよ。」
 
「生徒はまず、先生を超えてから巣立ちなさい。」
 
「うん。」
 
「まず計画としてはこれ。」
サヤが指さした先の靴なんて、どれも同じに見える。
 
「え。やだよ、星なんかついてて子供っぽいじゃん。」
 
「そういうだろうと思ったから、ほらインスタ。あんたより大きくてイケメンのイギリス人のお兄さんたちが喜んで履いてるよ。」
 
「イギリスは嫌いだけど、この靴はまあまあま良いものだって、信じてあげてもいいよ。でもこんな、隙だらけの夏休みみたいな服装をして僕はどうすればいいの?」
 
「そうだね。学校にでも来たらいいんじゃない?ああ忘れてた、リュックがいるじゃん。んー、ホモランドセルでいいかな。」
 
「なにその響きからして論外なやつは。」
 
「なんだっけ。ノースフェイスってとこのやつ。」
 
「いやだよ。もう、そんな先入観もったあとに絶対使えないよ。」
 
「じゃあ、私欲しかったやつにしよう。グラニーお金あるでしょ?」
 
「高いもの買うなら、僕のリュックの予備でも買ってよ。」
 
「なんだい、学校用のブランドバッグなら、グラニーは買わないよ。」
 
 
 
 

140文字のアフタマス 9話

「しあわせかい?」
 
 僕は幸福だと思うことにしたから、僕は幸福だよ。誰が聞かなくたって、僕はしあわせなやつなんだ。天井に飾られた絵の中には、森にいる子供たちが描かれている。きっと、彼らとそう違わないくらいしあわせってことになると思うよ。
 
「先生は、絵が好きなんですか?」
 
「絵も好きだけれど、音楽の方が落ち着くね。君もまた始めたらいい。」
 
  頭の奥でなにかの芯が熱をもってぼやけていく。
 
「顔が赤い。熱があるのかもしれない。」
 
「だいじょうぶです。今日は、僕もう、帰ります。」
 無意識に先生の手を払いのけていた。
 
「わからないところがあったら、またおいで。前の週に言ってくれれば、時間を作れるからね。」
 
 外はすっかり暗くなっていて、先生の薄暗い部屋に慣れた僕の目には街の電飾が少しまぶしかった。新しいデニムジャケットの袖に黒い小さなシミがついていた。鞄からiPhoneを取り出して、イヤフォンを耳に押し込んだ。人間のたてる音は本当にうるさい。小さいころは気にならなかったのに、街を満たす騒音がこの頃耳につくようになった。BjorkのVirusに耳を傾けて、無心で歩く。音楽は僕を守ってくれる。感じたくない物を遮断して、僕の望む世界に連れて行ってくれる。現実から体を切り離して、夜空に星が火花を散らすような静寂と無邪気さを思い出させてくれる。メタロフォンの音が世界と僕の噛み合わせの悪さをおぎなって、この空気で呼吸していいんだと思わせてくれる。僕は音楽が好きだ。音楽が嫌いなんて人いないんだろうけどさ。だけど金属音が浄化する世界の中でも、しあわせを感じなかった。―――通知だ。ごめんね。僕は、今日は、ひとりになりたいんだ。僕は誰かの居場所になってはいけない。僕を居場所にする人は、自分をおかしくしてしまう。僕はとても好きだよ、あなたのことが。だから、どうか僕を居場所にしてくれていいんだけれど、あなたか死んでしまうのは、とても悲しいと思うんだ。だから、僕は誰かの居場所になることはできないんだ。

 指紋が反射して液晶は濁って見えた。そしてVirusを聞き終えるまえに、Bad Romanceを再生した。
 

 
 
 
140文字のアフタマス  10話
 
 宙はバイト代が入る前になると、いつもたばこを買うお金がないという。僕がおばあちゃんに頼んで買っておいてもらったら、そういうのは良くないという。俺らはそういう関係じゃないだろって。だから、だいたいのお金を渡してこれで買っていいよ、と言うことにしている。べつに僕は宙にとって都合のいい子分だとか、そういうのではない気がする。だって、宙には子分のようなやつがいっぱいいるのに、誰も近くに置こうとしないから。はじめは、彼はオオカミみたいな人なんだと思っていた。
 
「いいじゃん。そのスニーカー。」
 
「サヤが選んだんだよ。」
 
「ああ。サヤはかわいいしな。」
 
 僕はたまに宙のことがとても好きになる。だけど、そういう時は宙はひとりになりたいんだ。だから、僕は彼をそっとしておくことにしている。宙の言うところの隠れ家は、虫がいるからあまり好きじゃない。だけど、いまは好きな気分だ。野蛮な世界から、少しだけ離れて、それでも僕らはその野蛮さから逃れられなくて、たばこの煙を嗅いでいる。街の灯りと、遠くでうすく光る星の合間の闇に、煙は消えていく。それはちょうど、行くあてを見つけた僕らのようだ。
 
「ここいいだろ。人がいないしゆっくりできるしさ。」
 
「僕らはいるよ。」
 
 宙は笑ってみせる。そういう感じ方もあるのかっていうことに対する、彼なりの関心の示し方だ。
 
「サヤとおばあちゃんと一緒にでかけたとき、この靴買ったんだ。」
 
「そういうの疲れるな。気をつかうだろ。」
 
「うん。」
 
「いやなときは、いやって言ったほうがいいぞ。」
 
「僕のために、みんなしてくれてるから、僕は平気だよ。」
 
「そうか。俺なら無理しないけどな。」
 
 たばこの赤い火が、ぼんやりと滲んで見えた。滲んでいるのが熱ではなくて、僕の瞳なのだと気づくのには少し時間が要った。この煙は、人の死んだ匂いがする。僕の焼けてできた灰がこんな香りだったならば、誰もそこまで僕を疎ましく思ったりはしなかっただろう。僕は全てなかったことにした。家族の肖像は火にくべて、空へとかえしてしまった。だけれど、あの焼けた臭いが鼻について、僕を狂わせる。獣脂の焦げた臭いはしみついて、何度洗っても落ちない。絵具なのか、祈りなのか、憎しみなのか、少しの恋しさだったのか、もう何を焼いたのかも思い出せない。僕にはどうしようもなかったんだ。僕は僕のできることは、うまくやったつもりだったんだ。それが、0点の結果でも、僕は僕をやめて、あなたのためならば痛くも感じなかったんだ。あいまいで澄んでいようと、そうすればいいのだと、そうしなければならないのだと、この煙のようになろうと、なろうとしたつもりでいたんだ。
 
「僕にもくれない?」
 
「15になったらな。」





140文字のアフタマス 11話
 
 僕はもう楽器を弾きたくはないだろう、それに、彼らはもう声をあげることを望んではいない。だけれど、僕は、少しは弾かれていなければ不安だ。どこに自分を感じていいのか、全く分からなくなってしまう。美しくできた檻、それが子供時代だ。
 
「しあわせかい?」
 
「十分に。たぶん、そのくらいは、そう。」
 
 先生はいつもどこかを見ている、ここではないどこかに目を奪われている。そして、それは僕には説明の必要がない。なぜなら、僕はここには存在していないからだ。先生の世界にとって僕はただの感官だ。見たい世界を眺めるための器官だ。僕である必要は、たぶんないんだろう。僕と同じくらいの、他の誰かでも、先生は本質を嗅ぎ分けることができるんだろう。
 
「君は何がしたい?」
 
「えっと、そう、僕は僕だけの望みはあまり持たないんだと思います。」
 
「これを日本語でなんて言うか、覚えた?」
 しみだらけで大きな白い手から生えた指は、僕のひじに触れる。
 
「僕の一部。」
 
「そういう言い方もできるね。」
 先生の眼の中に歪んでいく自分が映るのが見える。
 
「もし僕の瞳があなたのようにブルーだったなら、とてもうれしく思える誉め言葉があったと思います。」
 
「チェスナットの大きな瞳の魅力が、青さのために損なわれることなんてない。君はとても普通だ。おかしなところなんてない。彼はどうして栗色の髪の毛をした自分を描き続けていたと思う?彼は、同じ色の瞳をした少年に何度もキスをしていたからだ、世界を描き続けることを通して。さあそろそろ送っていこう。」
 
 木の床の確かさを怪しんで家を出た。もう夏になるから、車の中はすっかり息苦しくなっていた。涼しくなるまで、僕はサイドミラーにいる僕の瞳を見つめることにした。先生の瞳はどこまでも澄んだ薄いブルーをしていて、僕の瞳は縁が黒く塗りこまれているんだ。だからたまにある、彼は彼自身の恐れを、怒りを、何物にも投影しないように暮らそうとしている。それが彼にとって許された事実なんだ。
 
「君が自分の正しさを曲げる必要はない。君は正しいのだから、君の正しさに疑問を持つべきではない。私はそう思うよ。」
 
 この白くなりつつあるブロンドの髪は、僕が生きることを見届けはしないだろう。僕には定規の目盛りが多く残されているんだ。僕はいまある共感が絶望になることを知っているけど、僕は自分を少しだけ失ってこの不安を紛らわせたいと思うんだ。あいまいで透明なんだ、僕の世界は。そうでなければ、僕はどうしていたらいいだろう。ねえ、お母さんはアメリカで自分の欲しいものが手に入ったの?それは夢?それはお父さん?それは、お姉ちゃん?それは、それは。それは、それはきっと仕事だね。
 
「僕のこと好き?」
 
「君はいい子だ。」
 
 もし僕のことをとても好きだというのなら、あなたは僕が死ぬまで殴る権利がある。だけど、あなたは僕をぶったりはしないだろう、なぜなら、あなたは男の仮面を被った女だからだ。だって、先生は僕のお母さんだから、殴って僕を殺したいとは思えないんだ。だって、女の人だから。僕が痛いと言ったら何もできないんだ。だって、僕を本当には愛してはいないから。僕に映る自分を愛しているから。自分を傷つけるのは、自分が痛いから。僕はどこにもいない。僕は先生のなりたかった自分じゃないよ。僕は彼にはなれないし、彼は先生になる必要はない。だから自己紹介をするよ、僕はオリバー、よろしくね。
 
「僕は先生のことが好きだよ。キスした方がいい?」
 
「君がしたいなら!」
 
「先生がしたいなら!」

 

 
 
140文字のアフタマス 12話
 
 「馬鹿にしないでよ。これは僕なりに考えて選んだMac Bookなんだ。」
 いまも聞こえそうな声がした。だからひとりの時はなるべく答えるようしている。電源を入れようと思って、ベッドの上に寝転んだ。なんだか、とてもめんどくさい気持ちになったんだ。そうだ、誕生日のプレゼントはiPadにしてもらおう、それも12インチの大きい方。そしたら、このおっくうな気持ちが少し楽になるかもしれない。ラップトップはお腹にのせるとちょっと邪魔なんだ。ああ、スピーカーのバッテリーを充電しなきゃいけないんだけれど、なんだか眠たくなってきた。まぶたはかるいのに、体は重いんだ。
 
 僕なら、古くなった犬を捨てたりしない、古くなっても友達は友達だ。あなたが望んだ僕の自由が、僕をしあわせにする保証なんてあっただろうか。大人は傲慢だよ。大人は自分の生きてきた道を信じて疑わない。だけど、僕はあなたの気持ちがいまでもわかるよ。僕のことが好きだったから、僕の嫌がる無理を正義のために口にしたんだ。暴力的な愛はあなたを狂わせて、僕を少しだけしあわせな気持ちにした。騙してくれてうれしかったと思うよ。僕を居場所にしようとして狂ってしまった人を、とても惜しんでいるから言えるんだ。僕らはばらばらになった、だけどそれは、あなたが心から望んだことだったんだ。言いつけどおりに、いまじゃ友達もちゃんといるよ。少しだけ構って捨てないふりをしているのは、すっかり捨ててしまうことより、ずいぶん残酷なことのように思う。だから、僕はいまでもあなたを信じたいんだ。今でも僕のことが見える?僕はあなたを感じるよ。だって、だいすきだったから。
 
 ここから動いても、ここに留まっても、地獄だ。僕は知りたい。僕はどうすればよかったのか。もっと注意深くなれるだろうから。きっかけがなんだったのか、忘れていただけかもしれないから。見えない深くに糸を張り巡らされていたんだ。僕は知りたい。僕はどうしたらよかったのか。別の目印があったのかもしれない。人間になるための。僕は犬なんかじゃなかった、壊れたロボットだ。人間になりそこなったロボットだ。
 
「だれ。」
 
「Lineの着信は3回で出れるって言ったのオリバーじゃん。」
 
「え、おばあちゃん?」
 
「ああ!家にアイスあるの?」
 
「え?冷凍庫、奥にあると思う。」
 
「じゃあ15分後に着くから!」
 
「え。いつものおばちゃんとでかけた?」
 
「ああもう、頭にきた。もう着いたら高橋くんの恥ずかしい画像を、馬鹿しか見てないLineのタイムラインにあげるわ。」
 
「それだけで僕はいいんだ。」
 
「約束破れてるんだから、もう起きといてよ。」
 

 
 
 
 140文字のアフタマス 13話
 
「え、これが僕?」
 勝手に撮られた写真の僕は、ベッドでまるまっている。
 
「学校来るってときは来なくて、何の約束もない時に来るのはわざとだな。」
 
「サヤのことは好きだよ。」
 
「うーん。身長伸びたら、考えてもいいよ。あ、けっこうコメントついてるじゃん。」
 
「Line?」
 
「ううん、インスタ。」
 
「いつも思うけど、サヤのアカウントってみんなで写っててもサヤが必ず目立つところにいるよね。」
 
「それはだって、みんなが私を目立つところに押してくるから仕方なくって感じ。」
 
「女の子の世界って弱肉強食だね。」
 
「この宙と写ってるやつ、俺かっこいいって絶対思ってるでしょ?」
 
「え?これ?うーん。もてる男を研究してる最中の副産物だよ。」
 
「俺じゃなくて、俺たちかっこいいっだったわけか。」
 
「そんなこと言ったら、サヤのサングラスなんて、他の女の子とバランスとるためにわざとかけてるんでしょ。」
 
「え?そういえば、そうかもね。なんか悪いし。」
 
「そういうのってばれないの?」
 
「どうせ何してたって陰で言われるんだから、気にするだけ時間の無駄。」
 
「僕も何か言われてる?」
 
「変わってるって。かわいいけど、たまにきついこと言うとか。あと学校くればいいのにって。こうしてる私があることないこと言われてるんだよ。」
 
「例えば?」
 
「例えなくたってわかれ。」
 
「わからないよ。」
 
「そういえば、弟欲しかったんだよね。オリバーって絶対かっこよくなるでしょ、そしたら自慢にもなるしね。ついでに名前も、アーロンとかにしてよ。」
 
「サヤはきれいだから、はじめ見たときからいいなって思ったよ。それに、サヤと話すと嘘つかなくても平気なんだ。」
 
「正直者だと思ってたら、結構計算高い男だったってわけか。」
 
「正直に計算高いことを宣言してるよ。」
 
「別にいいよ、私もオリバーがかわいくなかったら、こうしてることもなかったと思うし。あ、いいねが200超えた。ね、dopeってどういう意味?」
 
「人の寝てる画像を皮肉交じりにほめるときに使う英語だよ。そういえば、どうしておばあちゃんと仲良いの?」
 
「んー。なんか話が合うんだよね。それに、うちお母さん勉強勉強うるさいし。女が勉強ばかりしたって、金持ちの男が逃げてくだけじゃん。」
 
「僕の名前覚えてる?」
 
「あらたん。」
 
「そっちじゃなくて。」
 
「また忘れたの?」
 
「PS4の方が、サヤより近く見えるんだよ。輪郭がぼやけて、感覚が五重になってる。」
 
「感覚って言えばそのパジャマ、いくらなんで、まあ、オリバーくんらしいって言えば、らしいけど。」
 
「親友のおばあちゃんに命令してよ。僕はブラキオサウルスばっかり描かれてるパジャマより、より、より、何がいいかな。」
 
「アメリカ人って裸で寝るって本当?」
 
「パンツは履いてるよ。」
 
「じゃあ、パンツだけで寝ればいいじゃん。」
 
 
 
 
 
140文字のアフタマス 14話
 これから起こることをなるべく考えないようにした。二つ離れた席の女子高生が僕を見ては、何か話していることも気にしないようにした。今朝は夏と呼んでいい時期にしてはとても寒かった。このコーヒーは黒くはない。もとからこんな茶色だ。別に僕がミルクやシロップで薄めたわけじゃない。もとからこんな色なんだ。とても苦くておいしくないと思う。僕を指さしてみても、何も面白いことはないよ。だけれど、今日は特別に面白いことがあると言えるかもしれない。面白すぎて、このまずいコーヒーが飲み終わらないんだ。僕は何でこんなところに座っているんだろう。そうだった、宙からの返信を待っているんだった。それ以前は、ここで少し本なんかを読んでみようと思っていたんだった。
 
 僕はずっと、サヤはなんだか年上だと思っていた。なぜかわからないけど、ずっとそんな気がしていたんだ。だけど、彼女も僕と同じくらいの時間を生きてきただけなんだと、そういまは感じようとしている。この視野を見失わないようにしよう。おそらくは、僕がそのくらい注意深ければ、あるいは見通しのきく目を持っていたら、こんなことにはならなかったはずだ。それが僕の生きる上でのやり方だったはずなんだ。思いつく限りの場所を、iPhoneのメモに書きだした。僕がずっと気になっていることは、後悔を踏みつけたい感情でしかない。それでも、気にせずにはいられない。同時にいくつもの音が僕の頭の中で響いている。それは、他人が聞けば不協和音でも、僕にとっては連結しあい整合しあっているんだ。求められれば説明したいと思っていた。だけど、説明する代わりにイヤフォンを耳に入れることにした。僕は見るより、話すほうが面白いんだ。140文字のアフタグロウ。残光が尾を引いて、僕らをおかしくする。大気の成分を変えてしまう。気づくとすでに息苦しくて、最後のボンベを暗闇の中で落としてしまった。夏休みを勝手に始めるのは、あまりサヤらしくないと思う。Gaga のapplause が終わる。僕は次に聞く曲が、思いつかなかった。聴き終えることなんて、何にしても滅多にないというのに。夏の匂いをかきけそうと消しゴムでこすった。とても力を込めてやったわけではないけれど、紙は破れてしまった。僕は破かれてもいいんだ、だって、始めから破れていたんだから。
 
「いく?」
 
「遅いよ。」
 
 僕らはサヤの力を借りて、ぼんやり繋がっている気がする。彼女がいなければ、僕らの生ぬるい毎日は、取り返しがつかなくなるだろう。だから、もしかしたら、僕は僕が思っているほど彼女を友達として大事に思っていないのかもしれない。
 
「アコースティックだ。」
 
「え?」
 
「サヤはアコースティックだろ?」
 
「アフタグロウ?」
 
「アコースティックだ。」
 
「宙の言うことは時々難しいよ。」
 
 跨ろうとして触れると、バイクのシートには太陽の暑さがあった。
 
 
 
 

140文字のアフタマス 15話
 
 おはよう、おはようって、月曜から金曜まで早起きをして、白いスニーカーを履くのには嫌気がするよ。どうして僕はそれをしなきゃいけないのって聞いちゃいけないんだし、決まりが決まりなら、僕は今日から兵隊だ。このパジャマは首がきついんだ。だけど、このパーカーに着替えたら肩が重いんだ。どうして嫌になっちゃうんだろう。僕を負け犬にしたくない?それなら、生まれたことがもう間違いさ!そして、僕は反旗を翻す。もう嫌なんだったら、そんなに命令するのはよしてよ、ってさ。僕に命令したいなら、神様になってってさ。だから、もう言うことは聞けないよ。まだ火曜日だよ、やってられない、ばかばかしい!こんな寸劇、終わらせ方を忘れてしまったよ、電源の切り方も覚えていない。
 
「難病の人は生まれてきたことを後悔すると思う?」
 
「さあ。そいつじゃないからわからないな。」
 
「きっと、嫌気がさしたんだ。同じことを繰り返すことに。」
 
「そうだな。ばかばかしいからな。」
 
「相談してくれてもよかったと思う?」
 
「普通、相談はしないだろ。」
 
 夏の匂いはうっとうしい。かき消そうと思うとまとわりついてくる、定期的やってくる、この通知みたいに。今日の僕はそうじゃない、僕にはやらなければいけないことがあるし、とにかくそうじゃないんだ。
 
「どこ行ったんだろうなあ。」
 
「海とか?」
 
「誰かに連れていかれてないといいな。」
 
「誰か。これは、僕の感じたかった夏じゃないよ。」
 
「夏がいいものだなんて、誰が決めたんだ?」
 
「そうだね。僕らが騙されていることに、サヤは気づくことができたんだ。」
 
「騙されていても、黙って見過ごすことができなかったんだ。俺は、夏がいいものだと思うやつがいても、好きにすればいいと思う。そんなことは俺には関係ないからな。」
 
「僕は夏はいいものだと思いたかったよ。宙もサヤも、やっとちゃんとした友達が僕にはいるんだ。形ばかりの、クラスで顔をあわせるだけの、毎日をバターナイフの上にのせるような、牛乳瓶の底で今日を占うような、そんな嘘っぱちじゃない、本当に大事にしようと思えるものが僕にはできたんだ。」
 
「この夏を永遠にしよう。だから、今から夏だ。」
 
「サヤがいなくなった日からが、僕らの夏だよ。」
 
「そうだな、そうしなきゃ三人の夏じゃないな。」
 
 サヤはやめようと思ったんだ、毎日同じ服を着ることを。カーブは何度曲がっても、少し怖いものだと思った。それは宙の背中にいるから怖いと感じるのかもしれなかった。
 
 
 
 

140文字のアフタマス 16話
 
 喫茶店で先生が席を立ったとき、サヤは僕に話しかけてきた。それ秘密なら私たち友達になれそう?って。僕はサヤを知らなかったけれど、サヤは僕を知っていた。それがサヤと初めて話した一年前の出来事だ。サヤがもしみつからなかったら、宙と僕は永遠の旅人になれるかな。だけど、もう僕は切符をわたされたんだ、ずっと前にわたされていたんだ。僕はお父さんと新しい国でいっしょに暮らすことになるだろう。恋人なら慣れてるからかまわないけど、新しい母親ならごめんだよ。知らない人と親子ごっこなんてやりたくない。宙もサヤもうらやましい。僕が一番欲しくて、一番守りたかったものを持っている。誰からも奪われることがない。だけど、なにも満足じゃなさそうだ。日本語の名前は規律だ。英語の名前は憎しみと呪いを放っている。だから、僕は罰を決めた。すべてを放棄して、おばあちゃんとここで3年暮らすことにした。ニュースは読まない、僕の知りたいことをなにも知らせてくれない。恐れているんだ、誰よりも何よりも、自分自身が反乱を企てていることを。だからきちんと蓋をする。暗闇が漏れて、明かりがばらばらになってしまわないようにするんだ。僕は僕に嘘をつく。
 
「どこにもいねえなあ。」
 
 彼を自由という孤独の中に置き去りにしてしまうことなんてできなかった。彼はもらった自由を撃ち殺す、自由は彼を定義することをあきらめてしまったから。自由は彼の存在を無に帰してしまった。必要とされて、役に立つ道具であることを放棄すれば、彼はもはや誰でもない。残される名前だけが、彼にとって無意味な最後の道具だ。やめよう、やめたいよ、僕はもう僕を自由にしたい。いやだよ、祈ったって、神様が助けてくれる保証なんて、どこにもなかったんだから。
 
「書き出したって場所、後はどこが残ってる?」
 
 気づいた時には遅いんだ。問題にならなきゃ、全部見過ごしてしまえる図々しさを僕らは持っている。だから、僕は気にしない。気にしなければ問題じゃない。僕は知らない、僕は見なかった、全部うそだ。だから、全部壊してしまえる。サヤも同意してくれているんだと思ってたよ。虚構を組み立てた上に住んでいることは、気づかないでいようっていう暗黙の約束に。だけど、もし約束が約束なら、それが破られるべき日っていうのもあったんだと思う。僕らの秘密でさえもね。
 
「海。」
 
 
 
 
 
140文字のアフタマス 17話
 
「悪いことは堂々とやればわからないものだよ。」
 
 壁紙が全部はがされている。コンクリートの壁のはずなのに、木の繊維が見えるのは、壁紙に繊維が多く残っていたからだろうか。充満するたばこ以外の煙が、幾層にもなって窓から僕の目に届こうとする太陽を阻む。充填された光は白く煙って、この世界を呪っている。生きていることは本当に面白くない。無味無臭の水で口をすすぎ続けているようだよ。
 
「オリのおかげで資金の調達が楽になったな。宙は秘密主義者だな。」
 
「どうだろう。僕は宙みたいに、一人で何人も殴り倒したりできないからね。」
 
「下手に弱い奴は出さないで少ない人数で油断させるってのはよかったな。」
 
「数で勝ってるのと、戦って強いのとは別だからね。それでも、人は必要だよ。」
 
「もっと大きい部屋が使えたら、人が増やせるなあ。」
 
「じゃあ今度はこれ売ってみる?」
 
「宙の友達だかなんだか。みんな、こんなガキ信用し過ぎじゃないのか。」
 
「僕は僕の言葉を信用しろ、なんて言ってない。僕の行動が信用できるならそれでいい。」
 
「俺たちがやりやすくなったのは、オリのおかげだろ。考えてもみろよ、宙が信用してるんだ。疑う理由はないだろ。喧嘩はよして、どこの部屋借りるか決めようぜ。」
 
 儲けたお金は、スニーカーで一山当てた少年みたいなことに使うべきだった?それなら、何も持たないままでいい。僕は別に自由が恋しいわけじゃない。どちらかといえば、まったくの不自由の方が、僕にとってはしたわしいものなんだ。
 
「おい。帰るぞ。」
 宙はみんなが集まっているときは顔を出さない。誰もいないときにひとりでここへやってくる。
 
「あ。うん。」
 だけど、僕なら一人でここには来ない。僕にとって、ここは安全からは一番遠い場所だ。
 
「みんな助かってるけど、やるこたないぞ。」
 
「うん、けど、楽しいよ。」
 
「母さんが、オリを連れて来いってうるさいんだ。」
 
「いいよ。宙のお母さん面白いし、今日行くよ。」
 
「悪いな。」
 
 祈りの代わりに呪いを燃やそう。光があれば、なんであれ、人は集まってしまうものなんだ。馬鹿なやつほど、光に弱いのは何故だろう。明るいところなんて一番危ないに違いないのに、それがわからないほど自分が見えなくなってしまったんだね。だけど僕は、闇に紛れて消えていくことを許せるほど、すべてに絶望しきれちゃいない。
 
「コンビニでも寄るかあ。」
 
 絶対やるなと言われるんだけれど、アパートに着くまで宙の背中で眠っていた。眠っている間も、なにかを話している感じがしていた。
 
 「そうだね。」
 
 
 
 
 
140文字のアフタマス 18話
 
「いらっしゃい博士くん、なんにもないけどなにか食べてって。」
 
「母さん、いい加減その変なあだ名やめとけよ。」
 
「いいじゃない。眼鏡かけてて、お父さんもお母さんも博士で、頭良かったら、こう呼ぶしかないじゃない。一番ぴったりでしょ!」
 
「飲むならモルトウイスキーが良いですよ、肌を白くする効果があるんです。こんばんは。」
 
「ほらあ!でしょ。」
 
「俺、ちょっとバイクいじってくるわ。」
 
 宙には一人の時間が要る。別に僕は、一人の時間を線でひいて囲って特別にする必要がない。だって、僕はずっとひとりだから。それを再確認したくて、ここへ来るのかもしれない。
 
「ウイスキーはないけど、宙の買ってきたジュースみたいなやつならあるよ。どれ飲む?」
 
「あいりとまゆらは寝ました?」
 
「夏休みだからあ、今日はパパのところよ。じゃあ桃のやつね、桃って感じだわ、あんたわ。」
 
 どっちがあいりのパパで、どっちがまゆらのパパだったか思い出せなくなる。そのどっちにも二人はなついているし、宙はそのどっちの話もしたがらない。
 
「ありがとうございます。」
 
「二人に勉強教えてくれてありがとね。」
 
「まゆらとは約束してましたし。」
 
 ブランデーを飲むカップにひびが入ったから、ボトルのまま部屋で飲むようになった。そういえば、その写真、サヤが撮ってたっけ。サヤに言わせれば、僕とブランデーのボトルとの関係は、とってもタイハイテキなんだってさ。寒い夏の日だったんだ。それはとても寒かった気がする。
 
「あいりはほら、むずかしい年ごろでしょ。進路のこととか、あるのよ。」
 
「あ、そういえば、模擬試験の結果は良かったって言ってましたよ。」
 
「そうなの!わたしにはなんも教えてくれないのよねえ。やっぱ学がないから頼りないかなあ。」
 
「勉強ばかりできたって、子供を平気で捨てるような親がたくさんいるんですから。」
 
「そうよねえ。かわいそうよねえ、そんな子もいるんだものねえ。」
 
 アコースティックだって。どういうことだろう、宙の言うことはよくわからない。アフタグロウ。僕らの毎日は残光だと思った、だから、何もかもが尾を引いて、意味のある言葉で意味のわからない話が蛇行している。残光の意味を見つけようとして息苦しくなり、まぶしさに魅入られて全てを見失う。
 
「むずかしい顔してないでチョコレートでも食べなよ。」
 
「ちょっと考え事してて。この音楽何ですか?」
 
「博士は耳がいいねえ!これはね、新しいパパがアーティストっていうの?それでよく聴いてるんだよ。」
 
「いいですね。朝聞いたら目が覚めそう。」
 
「ピーって音がうるさくて癖になるでしょ。これねえ、パパに何枚か売ってくれって言われたんだけど、売れるものじゃないから一枚は博士にあげるよ。」
 
 僕は子供のころからアイルランドの音楽が結構好きで、たまにお父さんが聞いていてそれを心地よく感じたことがきっかけだったと思う。僕しかいなくなった夕暮れの部屋で鳴るアイリッシュは、ほんの少しの家族の面影を僕に抱かせるだけの力というか、幻のような夢のような、自分の感じたかった断片が匂うくらいに耳障りなものになるだろう。
 
「僕のお父さんも、こういうの好きだったんです。」
 
「メガネ汚れてるわよ。ほらかして。博士のパパはどんな人?」
 
「メリー、クリスマス?」
 
「え?酔っ払った?夏よ?トナカイも暑くて来れないよ。博士は面白いねえ。弱いと思ったんだけどなあ、桃なら。」
 
 メリー、クリスマスって2年前、お父さんと最後に話したとき言われたんだっけ。僕は子供ができても、メリークリスマスなんて言わない。それは、さようならと同じ意味だから。僕ならこう言うだろう、トナカイを狩りに行く準備をしろ、ってね。そして準備させる間に、銃の使い方とメッセージとを動画に残して、去るだろう。
 
 
 
 
 
140文字のアフタマス 19話
 
 夢で隕石をのかけらをひろった。正しく言えば、隕石が落ちてできた砂がガラスになったものだ。宇宙に残してきた遺志が、もしかするとこのかけらを透けるのかもしれない。光を通して、見えるかもしれない。そして耳を澄ませても聞こえなかった声が、少しずつ再生されようになるだろう。目が覚めると、見慣れないところにいた。この慣れない感じは、まず嗅覚から入ってきた。ベッドから自分の匂いがしなくて、ここが宙のアパートの誰かの部屋なんだとわかった。わかるとすぐに気が重くなった。僕はちょうどいい愛想を昨日使い果たしていたはずだった。心にもないそれらしい言葉は、宙の子分と話をするのと、それから宙のお母さんと話をするので使い切ってしまっているはずだよ。
 
「起きたか?」
 
「うん、いま。」
 寝起きに宙の顔を見るのに、眼鏡がなくてよく見えないというのは心強い。
 
「母さんが朝飯だから、そろそろおりてこいってさ。」
 
「窓開けてよ。」
 
「いいけど、下おりるぞ。」
 
 誰かの手で窓が開くのは不思議だった。ひとりでいることに慣れすぎているからなのはわかったけれど、ひとりでいることが好きだったわけじゃない。宙の後について階段をおりると、余り酔わないうちに疲れて眠ってしまったことを思い出した。
 
「この階段を登った?」
 
「いや、持ち上げた。」
 
「ごめん。」
 
「いいよ。やったの母さんだから。」
 
 居間には、何か料理の後の匂いがあるだけで、宙のお母さんはいなかった。僕は窓の先にある線路を見た。線路があるのに電車の音があまりしないのは、ここが都会の中の田舎だからだ。時計はもうすぐ8時になるところだ。夏の朝は、夏の匂いでうっとうしい。体はだんだんと、この湿気った空気に馴染もうとしている。僕が生きている限り、この世界は僕の一部だ。異物にだって体は順応しようとするだろう。そうして進化して、人間はなんとかここまできたんだ。探せば見つかるわけじゃない。探して見つかる保証なんて、神様はしなかったし、されても僕は信じなかっただろう。
 
「ごめん!おまたせ、ごはんにしよう。」
 
「どこ行ってたの。」
 
「メープルシロップがなかったから借りてきた。」
 
「おーい、博士。まだなら顔洗っといで。」
 
「え、はい。」
 
 水はぬるくて冷たい。タオルがなかったから、ティッシュでふいたけれど、まあいいかな。鏡に白い汚れがある。よく寝たと思ったけれど、目の下にはくまがあった。いや、もとから、僕はこんな顔だ。くまじゃなくて、目がくぼんでできる影だって、誰かが教えてくれたっけ。誰かと長い時間いっしょにいると自分がどこにいるのかよく忘れる。自分の名前さえ思い出せなくなる。それから子供のころからよく夢を見ることを思い出す。それも起きているときに見る。棺の中に人間の体がある。夜になると、この閉じた棺はいつの間にか開いていて、中の子供の肩を揺すって起こそうとしている誰かがいる。僕は影からそれを見ている。眠った子供を起こす男の姿を。どんなに揺すっても、彼は目覚めない。目は固く閉じている。棺を見守ろうとするけど瞼が重くなって寝てしまう。気が付くと蓋棺された容れ物がカーテンから透けた陽の光の中、部屋に置かれている。僕はまだ棺の中に子供がいるのか訝しむ。近づいて木でできた石棺の蓋を持ち上げようとしてみる。すると唐突に分かる、棺の中にあったものは死んでいたんだと。僕が開ける前に、とっくに濡れた睫毛は乾いていたんだと。だけど、それは自分で死んだんだ。彼は彼を殺そうとはしなかった、なぜなら彼は彼を愛してはいなかったからだ。もし、彼が彼を愛していたのなら、彼は彼をこんな形以外で死なせていただろう。

「お待たせして、すみません。」
 
「いいのよ、いいの。パンケーキ焼いたのはいいけど、メープルシロップがなかったの。博士は、こういう朝ごはんの方が好きでしょ?」
 
「え、ああ、そうですね。宙のお母さんが作るのは、何でも好きです。」
 
「昨日から考え事?悩み?青春ってやつ?」
 
「僕がこういう朝ごはんを食べていた頃は、はちみつだったなって思い出してたんです。このベーコンをはちみつに浸して遊んだなって。」
 
「メープルシロップ嫌いだった!?」
 
「そうじゃないんです。メープルシロップの方が好きです。ただはちみつが代わりに使われてたっていうか。」
 
「博士の家は、はちみつ派だったのね。」
 
「オリバーが困ってるだろ。黙って食えばいいじゃんか。」
 
「話しながら食べようと思って、メープルシロップも無理言って借りてきたのに。あんたはほんとに気の利かない男ね。そんなだからいい年して彼女もできないのよ。」
 
「関係ないことで侮辱すんのやめろよ。」
 
「えっと、僕、日記を書き始めたんです。」
 
「日記?」
 
「そうです。年取ってから読み返したらおもしろいかなって。」
 
「真面目だねえ。どんな日記帳使ってるの?」
 
「ノートパソコンで書いてるので、それに紙に書いたの、人に読まれたらいやですし。」
 
「秘密が多い年ごろだねえ。」
 
「そうですね。不名誉なことばかりでしたから。」
 
「おい、博士。コーヒーでいい?」
 
「愛しすぎて人を殺すことってある?」
 
「さあなあ。母さん?」
 
「愛してるなら愛するだけよ。殺すなら愛してないってことね。」
 
 
 
 
 
140文字のアフタマス 20話
 
 嘘をついたんじゃない、君に正直であることが、ほんとうにあっていいことなのかどうかわからなかっただけなんだ。この音楽は知らなかったけど、人を元気づけるために作られたものだろうってことはわかった。えっと、それは地球儀のはしっこをなでてみるのと同じなんだ。そこには人が住んでいるよね。なら、そこにはどんな人がいるだろう。どんな家に暮らしてどんなものを食べるだろう。僕はじっと考える、はしっこをなでながら。だけど誰も、そこにいる誰も、僕のことなんて考えてはいないよ、それとこの音楽は同じなんだ。だから、僕は音楽を作る。誰も想像しないような、とっておきの音楽を。聞いた人は震えるだろう、その日はベッドに入っても何時間も寝付けないかも知れない。だけど、誰も聞かない。聞かれないまま、誰からも見える場所に転がっている。
 
「グスタフ・レオンハルト風?」
 
「君に合わせて、グレン・グールド風。」
 
「僕はそんな傲慢じゃないです。」
 
「はは。電子ピアノだからね、古典的にはなれないんだよ。」
 
 僕たちは古典になれるだろうか。宙とサヤと僕は、古くなれるだろうか。僕はどうしたらよかったのだろう。もうすぐ三年になる決心は、確信になることを拒み続け僕の中で独自の居場所を築いている。初めて天体図鑑を開いた時の気持ちをどこかで捨てきれずに、歴史の本をそらんじてばかりいても、それは何も始めないまま終わらせているのと同じだ。
 
「庭に行こう。」
 
 どうしてしまえただろう。僕はどうしていいのかもわからないまま、ある選択を続け、その選択の末が僕の選び取ってきたものだというだけに過ぎないのに。とても眠い。8時間じゃ、とても眠り足りない。
 
「もうすぐ咲くだろうね。その頃には、君はこの花のことは忘れているかな。こっちはなんだったかな、わかるかい?」
 
「コスモスでしょ。新しいこと始めるって、そういえば何するんですか?」
 
「君も参加するかい?」
 
「教えてくれなくちゃ、決められないです。」
 
「コスモスだったら宇宙のことなんてどうだい?」
 
 暑い。Tシャツが汗で体にはりついて、気持ちが悪い。こんなに日差しが強いと、すぐに頭痛が始まる。早めに飲んだ鎮痛剤がきれるころ、だから夕方くらいには頭が痛むだろう。
 
「ちょっと、電話してきます。」
 
 一人になりたかった。誰もいない家の中が、少しだけ心強かった。僕はとても疲れているんだ。眠り足りないんだ。額が緊張して頭がこわばるようで、肩より背中が重かった。僕は床に座り込んだ。ひんやりとした木の床は、磨きこまれたか、何度となく踏みつけられたせいか、鈍いつやがあった。しばらく目を閉じて、何も感じないようにした。
 
「顔色が悪いから、気になってね。」
 
「先生はどうして僕と遊ばないの?」
 
「遊んでいるよ。食事をして話をして、君と過ごしている。」
 
「僕が好きじゃないの?」
 
「君はいい子だから、私は君が旅立っても、時に帰って休める場所を残しておきたいんだ。」
 
「僕はそんな文学や芸術みたいな話はどうだっていい。僕は全部忘れたいからこうしてるんだ。そうやって、偉そうに僕に指図しないでよ。誰も僕に命令なんてできない。あんたには勇気がないんだ。一度捕まえたものは支配して手元に置いておきたいんだ。だから、口だけだ。先生が愛してるのは自分だ。僕の中の自分を愛してる。」
 
「君も私の中に、他の誰かを見ている。私はそれを悪いとは思わない。君はまだ人を愛することを理解していないのだから、わかるようになるまで待つつもりだよ。」
 
「僕が必要としてるのは、偽善者じゃない。僕を必要としてる誰かだよ!」





140文字のアフタマス 21話
 
 みんな肝心なことを忘れている。心配するなら、もっともありえそうな最悪の事態を考慮してあげるべきだ。
 
「オリバーさ。病気には気をつけろよ。エイズとか。」
 
「生まれてきたことが病気だよ。」
 
 つまり、病気なんかになるより、頭のおかしい奴に首でも閉められるか、ナイフで刺されるかして死ぬ可能性の方が高いってこと。バラバラにされるとか、焼いて食われるとか、そういう気狂いと出会う危険の方が、病気なんかよりよっぽどありえる可能性だよ。
 
「みんなそれぞれ大変なことがあるんだよ。」
 
「励ますつもりなら、一般論はこの上ない悪手だね。」
 
「どういう意味?」
 
「中国人は嫌われてるけど、中国人自身はそれを気にしちゃいない。それと同じ。」
 
「え?」
 
「もういいよ。通話切るよ。」
 
 このマレーシア人とは長い付き合いだ。だけど、数か月に一回話す程度で、それ以上の親しさはない。こいつは、僕が彼の愛を横取りしたと思って、僕に嫉妬している困った人だ。彼は、白くて綺麗な少年を愛していた。才能のある少年が好きな人だった。ただ、それだけなのに、僕を恨みに思うっていうのは、すこし的外れだよ。だって彼は僕にスマホを向けて、この子を見てよ、どう綺麗じゃない?ってよく問いかけてたよ。僕は言うんだ、別に大したことない、って。彼はこう言った、素直に認めれば君が一番かわいかったのにね。Mac Bookは、僕が思い切り閉じようとしても、音もなく閉まるだけだった。ずっと落ち着かない。何かを壊したいという気持ちがまっとうされないまま一日が終わろうとしているからなのは、わかっている。そういえばサヤは生きているのかな。僕らの夏は始める前に終わろうとしている。生まれる前に死んでしまった。宙の子分たちに働かせるばかりで、自分で探しに行こうという気は失せてしまった。お金は便利だ。面倒なことを引き受けたいという親切な奴がやってくる。体が重い。疲れているんだ、ここのところ、ずっと疲れている。ビタミンCのカプセルを飲む。一日に十粒か少ないくらい。体中の毒を、血を、洗い流すために飲む。青ざめた血の色は、濁るように頭の中にたちこめて、僕の中のずれを見つけては錆びていく。真っ黒になるまで肌を焼いたら、自分の血の色を見ないで済むようになるだろうか。いいんだ、こうして頭の中の血管がうまくいっていないことを知るためには、血の色は見えた方がいい。僕は元気なら、自分の手のひらを無数に走る血管の色なんて気にも留めないのだから。
 
「おーい、サヤ、いい加減帰ってきなよ。」
 
 何かが損なわれても、別の何かで復元して生きていけるように人間はできている。僕も慣れていく。欲しかったものを捨てることに慣れていった。だんだんと、何が欲しかったのかも思い出せなくなる。そうだよ、欲しかったんだ。だけど、それが何かはもう思い出せないんだ。欲しがらなくて済むようにと、頭が心を檻の中に入れて、目のつかないところに隠してしまった。床で眠ったから、背中が痛かった。切り離された音は、もとは何かに結合していて、音ではなくて、名前があった。つながっていた頃の思い出は焼失して、きざまれた音だけが耳に響いてくる。少しやり過ごそう。そういう、やり方でなんとか自分をやりくりすることには、早くから慣れていたじゃないか。固い床の上で眠った後の浮遊感をすこしだけ留めておきたいと思う。だけど、浮遊感が痛みに変わり始め、頭がはっきりしてくると、眠り足りない自分に気づくだけだ。とりあえず泣くことにした。音楽をかけて、なんでもいい、それで世界を遮断して泣くことにした。理由は、今から考えよう。好きだったんだ、どうして僕を捨ててしまえたの。僕はもう何も要らないだろう。心が停止しても、毎日正確な時間をこの黒い相棒は僕に届けてくれる。お父さんが気まぐれで買ってくれたマッドマンは、僕に共通することを思い起こさせる。交換可能な使い捨ての部品のきみは、僕だけのマッドマンだよ。僕が損なわれても、きみは誰かに使ってもらえるはずさ。思い出はいらない。透けて見えなくなってしまう。僕は思い出は作らない。今でも見えるし、これは損なわれず復元されることのない事実なんだ。思い出はいらない、これは今なんだ、今なんだから。
 



 
140文字のアフタマス 22話
 
 金属と金属をぶつけた音がする。朝日が部屋中にしみこんでも、金属と金属が擦れる音が頭から離れない。そんな話をおばあちゃんにしたら面倒なことになった。とても面倒だ。僕は誰かに自分のことを説明できる心境じゃない。そして、理解しようとして、それでも理解できない人間のするわかったって顔を見て、サヤの言う愛想っていうのやってみせるゆとりはないよ。ゆとりなんかないんだけれども、おばあちゃんの言うことに逆らう力のほうがもっとなかったんだ。車から見える景色は派手な厚化粧をしていた。それも僕の頭の調子がおかしいって、納得させるほどじゃなかった。目を閉じてイヤフォンを耳に入れる。再生したい曲がない。イヤフォンはすこしだけ外の音をさえぎって、金属が木質の響きになるよう嘆きの密度を低くしてくれる。僕を愛してくれる人はたくさんだ。だけど僕は一人きりだよ。少しだけ疲れた。その少しは不快な眠りを起こすのには充分だった。車が止まって目を開けると大げさな毛布に気が付いた。道理で、首まで汗をかいてるわけだ。外から見れば、どこも茶色で偽物の煉瓦が貼り付けてあるだけの家だ。中に入ると、大きなリビングに、休憩室がついていて、リビングはすこしおとぎの国のような時間が制止した色をしているんだ。知っている場所に行くのは時々気後れする。中から見覚えのある人が出てきて、僕は車のドアを開けられる前に自分で開けることにした。家に、診療所に入ると、薄いスパイスの匂いがした。それが家自身の木材から発せられているのか、インセンスなのか、それともお茶の香りなのかは、区別がつかなかった。
 
「おはよう。リビングであれやろう、また。」
 
「おはよう先生。本気でまたこれをやらせるんですか?」
さっきまでいたはずのおばあちゃんがいない。入ってこなかったのかもしれない。
 
「そうね。けど、これは強制ではないから、やらせるんじゃなくて、やってもらうってことになるわね。」
 
 この女のお医者さんは、このリビングと同じだ。どこか静止していて、年がよくわからない。ここには砂場に色んなおもちゃがあって、遊ばせて観察させるって事みたいだ。僕は常連みたいなもので2年間、定期的におばあちゃんに連れられてここに来ている。オレンジ色の恐竜なんかは二年の間に所々色が剥げるまでになっている。これなんて言ったっけ、なんとかトプスの仲間だったと思うけど忘れてしまった。後でもらう薬だけで十分なのに、こんな解体洗脳みたいなことをずっとやらされている。自由になるための祈り方を忘れてしまったよ。だけど、僕は迷子じゃない、僕は探検しているだけなんだ。探検し続けているだけなんだ。
 
「先生、こんなことしてたってお金にならないよ。」
 
「新くんで論文書くから、お金にはならないけど見返りはあるの。」
 
「僕はオリバー。ねえ、子供の頃にやらされた服のモデルより、不名誉な過去を僕に増やすね。もっと患者に共感とか愛情とか持ってみてよ。」
 
「君が悪態ついてるときは元気だってことは知ってるよ。」
 
「知ってるからって僕の気持ちがわかるわけじゃない。このトロサウルスの塗装が剥げて白くなってるのだって気にしてないじゃないか。」
 
「それトロサウルスって言うの?」
 
「あ、そうだった。これはトロサウルスだよ。先生、Wuthering Heights読んだことある?」
 
「ブロンテ姉妹の?」
 
「そう。お母さんが好きだったみたいなんだ。」
 
「ジェーン・エアしか読んだことないわ。新くんは読んだの?」
 
「読むわけないじゃん。そろそろ、できそう。」
 
「スマホで写真撮ってもいい?」
 
「棚の上の箱の横に隠れてるカメラは?」
 
「あれは調子悪いの。それに画質悪いし。」
 
「いいよ。」
 
「いつもみたいに説明もお願いします。」
 
「この丘で僕は恐竜を飼って、戦車に乗り、奴隷を解放して、あの南に住んでる家のやつらに復讐するんだ。復讐っていうのは脅しじゃなくて宣戦布告だよ。僕は警告はやらない。そこらに散らばってるリバーシの石は、少年Aは白黒つけたいと思っているようだって深読みしたいやつのためにばらまいただけ。本当は僕はリバーシが大嫌いだから、そこに置いたの。理由はお父さんが好きだったから。父親との関係がまずいんじゃなくて、勝ったことがないゲームは全部嫌いなんだ。ああ、無駄な血が流れる前にみんな逃げろ!僕の攻撃性がわかったら、それも書き留めたらいいよ。絶対許さないぞ!それから、この兵隊は白人ばっかりで、人種的偏見に満ちてるから、ブタとウシも戦場に連れていくことにした。こいつらの乗ってる大きな黄色のトラックはアジア人を象徴してると思ってもらっていいよ。ここから僕を連れ出して、逃げ出して!この世界は不幸なハッピーエンドなんだよ。ミルクのない紅茶だし。ケーキのない誕生日だし。一人で食べるアイスクリームだし。ここは。ここは。」
 
「これを使って。」
 
「雨は降ってないよ、それに僕のまつげは長いから、ハンカチなんかいらない。そこにあるティッシュをくれるほうが衛生的だし、先生も楽じゃん。」
 
「雨の研究をしている医者もいるの、知らなかった?」
 
「それも、知ってるべきだった?」
 
 
 
 
 
140文字のアフタマス 23話
 
 僕が数えてきたものは呪いだ。呪われているのは時間かも知れないし、それは近づけば遠くなってますます大きな存在になる何かだ。何かっていうくらいには遠くにあって、目を凝らしてもよくは見えない。自由の意味は、あの鳥を撃って殺さないこと、一つの形をうまく作って勲章をもらうこと、あるいは黙り込んですべてを止めてしまうこと。そうしているうちに、自分の名前さえ思い出せなくなる。だから、僕はよく自分の名前が思い出せなくなる。死ぬためにがんばって、死ぬ準備に励んで、死ぬために生きている人たちを大人と呼ぶのだろうけど、それって何が楽しいの。
櫛の歯が欠けて、これがもともと櫛と呼ばれていたのかさえ、思い出せない。心は熱されすぎてもいけないし、冷やされすぎてもよくない。熱くては世界の闇に狂ってしまうし、冷えてはその闇を受け入れすぎてしまうから。僕は戦場に丸腰で出て行ったりはしない、けど、生まれることは丸腰で戦場に出されることだ。別にもう、すべてを終わらせてしまってもいい。始めたら飽きてしまったんじゃない。切り取られた毎日が、どんなにうまく飾り付けられていても、僕の毎日はからっぽだ。ここまでうまく引けたと思った線で満足して、嘆きの中の幸せを拾おう。そして名前を付けるんだ、夢、と。僕はどうして一人でいられないんだろう。僕の身体は一つしかないのに。一つなら一つのまま置いておけるはずだ。僕がもし人間だったら、本当にその人が好きなら、その人のために全部あきらめることもできたはずだ。この曲がり角は曲がらなかった。僕は別の道を歩いた。新しいものを見るのが楽しかった。わがままだった。僕はそんなことをしていたから、家に帰るのが遅くなって、誰もいなくなっていたのかもしれない。エンジンだ。エンジンの音がする。違う、これは音楽の中の軋みだ。ねえ、欠陥だらけの神様だって、いないよりはましだよ。もし本当の望みがそうだったのなら、僕はこの羊は売ってしまうよ、そして僕も羊として売られよう。
僕が骨だけになったら、もう誰も僕を傷つけることはできない。だいじょうぶ、なんでもないよ。すこしは聞こえる?僕の声が、ね、聞こえるといいのにな。
 
 
 
 
 
140文字のアフタマス 24話
 
 夢を見よう、きれいな夢を。それは、水が透き通って、何もさえぎるものがない世界だ。絵の具を溶かした水を少しずつたらしてみよう。ずっとずっと、澄んで見える。はっきりと澄んだ水は透き通って、何もさえぎるものがない。僕はこんな水は飲まない、こんな水なら大嫌いだ。どうせなら、本当に濁るまでコーラをたくさん入れてやれ。くだらなくて、むなしい。最近は生きていることも面倒だ。毒が頭蓋骨を無視して浸潤してくる。この毒には名前がない。存在することを、僕を通して確認しようとする毒だ。だから、この毒はもう自分の名前で呼ばなければならないんだろう。
 
「おばあちゃん。JBじゃないのかけてよ。だから。Ariもだめだよ。そういう音を楽しめって言うのじゃなくて、僕が聴けるようなものにしてよ。」
 
「どうしてこんなにわがままな子になったのかねえ。」
 
「孫に紅茶をいれさせてる祖母の言葉としては、不適当だよ。」
 
「やれなんて言ってないのよ。」
 
「やって欲しかったんでしょ。」
 
「いくらやって欲しくても、人にやらせるなんてことなんてできないんだよ。」
 
「つまりこの音楽は我慢しろってこと?」
 
「紅茶の話をしたんだよ。音楽は、あんたくらいの子が好きそうなものを選んでるだけだから、どうしたっていいんだよ。」
 
「知ってるよ。じゃあせめて、リリー・アレンにしてよ。」
 
「内にこもるようなのは、もてないよ。」
 
「別に女の子と話すときは言わないよ。」
 
「じゃあ、男の子と話すときには言うのかい?」
 
「男は嫌いだ。男は苦手だよ。」
 
「奇遇だね。グラニーも、男が嫌いになってグランパと別れたんだよ。」
 
「ふつう、おじいちゃんが嫌いになったから、男を嫌いになるんじゃないの?」
 
「我が物顔の男たちっていうのに、嫌気がさしたのね。」
 
「あいつら僕を征服しようとしてくるから嫌いだ。」
 
「北朝鮮にも征服されるような魅力があれば話は違ったのかねえ。」
 
「ともかく。じゃあかけるのは、リリー・アレンでもいいじゃん。」
 
「オリバーは、あんな過激なPVは見ないよ。」
 
「なんですぐ僕のYouTubeの履歴のぞくんだよ!」
 
「見なかったらJBもAriも、グラニーは準備できなかったんだよ。それに、PDSくんはいい子ね。」
 
「いいよ、僕もうiPhoneとは離婚する。」
 
「人間は心がなくちゃ結婚できないし、それが続いたりするわけもないのさ。」
 
 どうして外の景色を好きにはなれないの。その部屋と家具が気に入ったのなら、景色だって好きにならなきゃいけないんだ。そこに住むと、住みたいと思ったのに、どうしてもう少し考えて見なかったの。蛇口をひねれば澄んだ水がでるし、窓から差し込む光は明るすぎて、きっと何もかもおかしくしてしまう。
 
「おいしい紅茶だよ。」
 
「僕は星にはなれないよ。僕は人間だから。」
 
 



140文字のアフタマス  25話
 
「ほら。」
 
「ありがとう。あ、やっぱり結構になったね。」
 
「18万だぞ。でも、良かったのか?そのG-SHOCKいつも着けてたやつだろ。」
 
「いいの。僕はプレミアとか興味ないから、これでもっとすごいやつ買うよ。宇宙とか行けるやつ。」
 
 宙には言わなかった。あのマッドマンが僕のお父さんとの最後の思い出だったってことは、お父さんも知らない。僕とお父さんの出来事は、僕しか覚えていない。思い出は、お金になるならじゅうぶんだ。お金にならない思い出が、僕は欲しかった。お金を使うくらいしか、してあげられることがないっていうのは、わかるよ。でもいいよもう、心の通わない物が、おばあちゃんから借りてる部屋に増えてくだけだ。
 
「適当にその辺、バイクで流しながらどこ行くか考えるかあ。」
 
「ねえ、宙さ。」
 
「どうした?」
 
「なんでもない。」
 
「なんだよ。」
 
「宙のバイクのパーツ、なんか欲しいのある?」
 
「やめろやめろ。俺たちはそういう関係じゃないだろ。」
 
「うん。ごめん。」
 
「俺は、お前はどうかしらないけど、俺はオリといて楽しい。だから、誘うんだ。」
 
「僕も楽しいよ。」
 
「じゃあファミレスでパフェでもおごってくれよ。」
 
「いやだよ、割り勘だ。」
 
「嘘だよ。全部俺が出すに決まってんだろ。でも、金がない時は頼むわ。」
 
 宙のバイクには魔法がかかっている。宙の背中をつかんでバイクに乗っていると、風に涙が流れていく魔法だ。サヤもこの魔法を知っていたら、思いつめることもなかったんじゃないのかな。そもそも、思いつめたのかどうかもわからないんだけど。いつも宙のバイクの停め方は決まってる。町の中だと、どこでもきちんと線に沿って停める。宙のバイクは結構大きいんだけど、宙は必ずそれを守る。誰も使っていないような駐車場でも、同じように止める。だけど、僕と少し田舎っぽいところに行くと、もう適当だ。草むらの中に停めたり、道路に置きっぱなしにしたり、何でもありだ。宙の革のジャケットが暖かくなりだすときは、きっといつも僕の熱が移るからだろう。こんな分厚い革の表面まで人の体温が透けてくるわけがない。サヤは自由を手に入れたんだ。宙がサヤの話をしないのは、サヤが幸せにやっていることに気づいているからだろう。
 
「風が冷たいな。」
 
「フーディじゃ寒いかも。」
 
「フーディ?」
 
「えっとなんだったっけ。忘れちゃった。僕の服の名前。」
 
「パーカー?」
 
「それ!」
 
「この辺、ねえなあ。ファミレス。」
 



 
140文字のアフタマス 26話
 
 長い間眠っていると気がつかない。目くらましは全身が浴びる。体の中から沸き起こる感覚に身を任せていると、最もいやな場面に出くわしても、それがとても不快なことだったと気づくまでに時間が要る。体中で起きる化学的な応答か、心理的なまやかしかによってか、もしくは自分と対極の誰か最も自分に近い本性に出くわす。僕で遊びたいなら、僕を汚さない努力をしてよ。それか、遊んだ後はきれいにしてほしいよ。そういえばこいつの名前は何だったっけ。1年くらい何度も会ってるのにまだ覚えてない。名前なんて要らないよ。replaceableなんじゃなくて、お前はdisposableなんだから。
 
「うわっ、汚い。」
 
「可愛げがないなあ、リヴは。」
 
「そんなものこの雨で流れちゃったよ。」
 
「ふくから、ね、ふくから、怒らないで。」
 
「怒ってはいない。」
 
「わかったわかった。」
 
「遊んだ後はきちんと洗うかしてよ。」
 
「皮肉っぽい子だなあ。」
 
「だって遊びでしょ。奥さんと僕より一つ年上の娘を捨てて、僕と暮らせる?」
 
「じゃあリヴは、学校やめて俺と一緒になりたいの?」
 
「シャワー使う。」
 
 僕は一度だって許可しなかった。こんな汚いものが僕の皮膚の上を滑っていくなんて。お前なんかニセモノだ。本当に欲しかったものの代わりだ。お前が、飽きて感じなくなってしまった女の代わりなんかを僕にやらせるな。なんでこういつも、ここのシャワーは肌を刺すように熱いんだろう。それは、僕の怒りをしずめるためにそれ以上の熱さを浴びさせようとするはからいか、僕自身の怒りの色がいまだ熱を帯びた透明さでしかないと知らせてくれているのかもしれない。あるいはこの汚いものをすべて熱で殺すためだ。140文字の残光は滲んで、僕にまだ昔の思い出を絵葉書にして送ってくる。郵便屋は首にして、郵便局は潰してしまおう。手の届かないところにあるから欲しかったわけじゃない。優しかったから必要だったんだ。僕は手を差し伸べなかった、彼は手を差し出したのに。信じる前に裏切ってしまった。謝りたいのに、謝る相手はもういない。
 
「リヴくん。焼肉連れてくから、機嫌なおしてください。」
 
「体洗ってるとこ見られるの、きらいだって言ったじゃん。」
 
「いい匂いがする。」
 
「ボディソープ。」
 
「それ以外。」
 
 水には魔力がある。人は誰かが水浴びをしていると、なんだか不思議な魅力があると感心してしまう。だから僕は背中しか見せない。全部見ればいいというのは、ただの獣の欲望だ。僕は人間だ。だから、僕は後ろからする声に対しては、振り返らずにシャワーの水流を少し弱めて応答する。水の音がゆるむと、頭の奥がすっきりとしてきた。毒が抜けていく音はしなかったけれど、それは確かに僕のもとを去っていた。話のできない男は嫌いだ。僕は馬鹿が嫌いだ、特に馬鹿な大人には同情する。憐れみと蔑みの気持ちが、この関係を続けさせているのだろう。この男の日常に僕はいるけれど、僕の日常にこの男はいない。それでかまわないよ。僕はかまわないんだから、あなたもどうだっていいでしょ。
 
「じゃあ何食べたいの?」
 
「焼いた肉。」
 

 
 
 
140文字のアフタマス  27話
 
 サヤがいなくなってからは一度も学校には行っていない。行く理由がなくなってしまったからだろう。僕らが欲しかったものは自由だ。そして、僕らがすでに手にしてしまっていたものも自由だ。僕らは、自由の中に生きていることに気がつかなかった。気がつけなくなるほど、この世界は濁っていたんだ。僕は思い出を売ったお金で、世界大戦で活躍したドイツの飛行隊がつける時計を買った。目盛りを見て何時に爆弾を落とせば、命令通りに人を殺せるかがよくわかる時計だ。どうしてこれにしたかって言うと、売りにだした思い出とちょうど同じ値段だったからだ。決められた時間に従って生きていない僕に、どうしてこんなものが要るだろう。

 宙にLineするのはやめておこう。どうせ返事は帰ってこない。せっかく、おばあちゃんがいないことだし、高いお菓子を出して勝手に食べよう。それから一番高い紅茶をいれよう。大人は子供のすることなら、どう聞いてみても平気だと思っている。平気というか、何も感じないだけかもしれない。だけどそれは間違いだ。僕が経験してきたことを話すとあいつらは狂ってしまう。弱い奴らばかりだ。大人が何で弱いかは、知っている。それは、もう進化の後で固まってしまって、新しいものに応じることができなくなってしまったからだ。僕ももう、新しいものを恐れるのではなく、気づかずに触れて狂う時期になった。緑色の光線をかいくぐって、もう一度すべてを整頓しなおそう。
 
 僕はあなたを許さないと思う。あなたは僕を傷つけたから、深くけがをしたから。だから、僕はあなたにやり返す。あなたが僕にナイフを突き立てていて、僕が銃を手にしちゃいけないなんておかしいよ。誰にも僕のことは傷つけさせない。僕が僕を守るんだ。だから自分の事は自分で守りなよ。
 
 
 
 
 
140文字のアフタマス  28話
 
 おばあちゃんと喧嘩をした。けど、本当は喧嘩じゃなくて、僕が怒っているだけだ。おばあちゃんは別に何も感じちゃいないと思う。その日は、おばあちゃんがよく買ってくるお店のビーフシチューが夕飯だった。温めたのはおばあちゃんで、それを二人で食べていた。おばあちゃんは言ったんだ。ママと連絡とってるの、って。知らないよ、あんな人。僕が何回メールを送ったって無視していたような人だ。まだ、新しい彼女を僕に合わせようとするお父さんの方が、僕を構っていた。僕は壊れないように、守ってあげようとしていたんだ。だから、僕がどんな目にあっても、気にしなかったんだ。つらかったわけじゃない。ただ、子供の僕はそういうことは楽しめなかったんだ。鈍い低音は僕の頭の奥底からするんじゃなくて、リビングの時計の音だ。おばあちゃんの家には、スイスの古い柱時計がある。外見は古いけれど、中は最新の機械で、電気で動く。おばあちゃんが無理を言って改造をしてもらったらしい。僕は逆だ。最新の身体に、崩れ落ちるほど古くなった精神を注入されている。彼は言っていた、どんなときでも一番のものは一番なんだって。忙しいとか疲れているからってないがしろにするなら、それは一番じゃないんだって。お母さんはとても疲れていたんだ。だから、僕はすこしの面倒も起こさないように黙っている努力をした。あいつは仕事仲間みたいなものだったんだろう。僕を愛するのに理由は要らないけれど、僕の許可は得て欲しかったよ。一度堕落し腐敗した魂を、浄化することはできない。一度汚れてしまったら、磨いてどうにかすることはできない。現実が悪夢ならば、どんな夢を見ても騙しとおすことは出来ない。僕の魂は7歳で腐り落ちた。普通、人が12歳で魂を腐らせるのに比べれば、ずいぶん早かったと思う。縫い針で破れかけた心臓を縫って生きている。ある場所を縫うと、別の場所から血があふれた。医者は言った、こうすればあと何日も生きられます。経済学者は損のない工夫をした。そして牧師は代弁した、苦しみの中に生きることで神の愛を感じることができるのです。それから、僕は発言の機会を持った。ずいぶんかわいそうだ、死なせてあげられないの。

 おばあちゃんは僕を子供みたいに扱う。今日も変なお土産を買ってきた。かぼちゃの描かれたマントは、小さい子供が使うものだよ。これは身に着ける代わりに、画鋲で壁に留めよう。僕は別に、こういうものは嫌いじゃない。31日を過ぎたら取ってしまうことにする。でもその31日は何ヶ月先の話だろう。昔、ハロウィンの当日にヴァンパイアの服をお母さんと買いに行った。帰る途中、喫茶店に寄った。お母さんは煙草を吸いたかったんだ。そこで撮った写真がある。ヴァンパイアの衣装は、買ったお店で着替えたんだったっけ。写真はまだ、iPhoneに入っている。彼もこの写真を好きだと言っていた。だけど、写真の話は彼も知らない。写真の裏には僕の殴り書きがあったことを記憶している。確か、こうだ。だけどやめておこう。何かを振り返る余力が今の僕にはない。ともかく、この写真は、僕がかっこよく写ってるからとってあるだけだ。みんな好きにやるだけじゃないか、好き勝手気ままに、他人の心を切り裂いてさ。
 
 
 
 
 
140文字のアフタマス 29話
 
「なにが似てるの?」
 
「雰囲気とまつ毛。」
 
「じゃあ、すこしも似てないじゃん。うれしくない。誰かになんか似てたって。」
 
「石鹸みたいに滑らかだ。」
 
「もし僕が王様だったら、石鹸を扱うみたいなやり方は許されないよ。」
 
「どうしてそう思うの?」
 
「それは、僕がそうだと決めたからだよ」
 
「リヴはどうして僕なんかがいいの。」
 
「そう言う話、好きじゃない。」
 
 頭の奥が痛い。体が苦しいほど、頭が痛むんだ。それから、心の中に不和が広がる。生温く熱された物質が溶けて、僕の体を一巡する。涙をためて、彼はこう言う。愛してる、好きだよ。僕はこう聞く。今日のは、上等かい。彼は答える。まがい物に分けてあげる短い愛は持っちゃいないよ。僕がため息つくと、すっかり喜び疲れたのだと男たちは勘違いする。心からのため息だ。今というハッピーエンドに騙されていたい。だけれど、それが嘘だと気づいているから出るため息だ。唯一わかることは、僕を愛しているこの年寄りが、僕を愛している瞬間だけは、僕のことで頭がいっぱいになっているということだけだ。それを愛していると言うんだろう。だけど、そうじゃなかった。本当に大事にしなければならなかったものは、とうになくなっていたんた。真実を告げた人を思い出にしないために、僕はこいつの顔を上書きする。ああ、ここにいたんだ、また会えたね。まだ旅に出たくはない。お父さんに返事を書かなきゃいけない。お母さんには、プレゼントを送った。アメリカだから二週間はかからないだろう。二人とも気分屋で、先が読めない。プレゼントを買いにおばあちゃんが車を出してくれた。おばあちゃんに頼むと、変なものを勧める。一人で買い物してくるというと、おばあちゃんはとてもつまらなそうに、グラニーのお葬式までには終わって帰ってきてくださいよ、と言った。だから、車を出すことだけは頼んだ。
 
「寝ちゃったの?」
 
「起きてるよ。」
 
「若いんだから!」
 
「僕は歳とったよ。なのに、死なないんだから不思議だよ。」
 
 



140文字のアフタマス  30話 
 
 僕では論文は書かないことにしたと言っていたけど、どれだけ信用できるだろう。今日はたくさん話をした。聞きもしたし話もした。あまりに直情で単純な質問をいくつかした。女のお医者さんは話しやすい。だけど、話しやすい相手には用心が必要だ。手を変え品を変えみんなよく思いつくものだと感心する。僕がこれまで身に着ける羽目になったことがあるものは、どれも僕の姿かたちを覆い隠す大きなものばかりだった。そんなものでごまかさなくても、都会は人間の迷彩だ。勇気のない奴は車を飛ばす。どこか遠く、僕がばらばらの肉片になっても一年は見つからないようなところまで行こうとする。結局、それらはどれも街に固有の病だ。人口の光と音がぎらぎら頭の中に鳴り響く都会の病気だ。刺激物に囲まれすぎて、すこしのことじゃ感動できなくなってしまった人間が行き着く場所だ。あいつら、僕のことが好きなわけじゃない。狂って歪んでしまった自分を、覆い隠すように日常にたっぷりのクリームを塗りたくる。もらってうれしくなかったものなんてたくさんある。コアラのマーチとコーヒー牛乳だ。幼稚園生だって、こんな甘いものを二ついっぺんには食べない。いや、食べるかもしれない。ポップタルトをシロップに浸して食べられないことはないから、この二つの取り合わせもおかしくはないのかもしれない。長いドライブの間に持て余した時間を、その二つで埋めようとしたら気分が悪くなった。どうして車に乗ってしまった愚かな彼の機嫌を取ろうと、あれこれ話しかけるの。お金を支払ったのかは知らないけれど、注文して出てきたハンバーグだ。残された選択は、食べるか捨てるかだ。ハンバーグの方は、もうかなり昔に殺されているから、もう一度殺されるわけじゃない。かわいいという言葉は、女の子に限って使ってもいい言葉だと思う。男はそれを言った口で、とても嫌なことをする。僕はあれが嫌いだ。でも、かわいいものは好きだ。うさぎのぬいぐるみとかシールとか、そういうものを僕も女の子だったら集めていただろう。好ましい距離にある言葉が汚れて腐る様を見せつけられるのは、気持ちのいいものじゃない。もう子供じゃないと思っている相手に対して、子供騙しを浴びせかけることで、ますます狂ってしまいたいのか。それとも薄れきった罪の意識が、本当に人の心をわからなくするまでにしてしまったのか。少なくとも今から何をされるかを、僕が知っているという点が、彼らの罪悪感を薄めるのに一役買う。彼らは悪人になりたいわけじゃない。全くの無垢に踏み入るほどの豪胆さはない。あるのは後ろめたさではなく、刺激が刺激であることを忘れてしまった頭だけだ。そう、だからある意味での分別は付けていて欲しいと、子供に期待する。でも、誰にも相談なんてできない。何を聞かれても、僕は皮肉か無言で応答する。つれない恋人の相談を誰にするわけにもいかない。俺の恋人はまったく話にならないんだ。へえそう、どんな人なの。まだ14だってのにずいぶんひねくれているんだ。あんた一体何を言っているの、子供じゃない。はは、だから、こいつらはますます自分をおかしくする。こいつらは僕と同じ年の友達になったつもりで遊びたいんだ。呪いをかけてやるんだ。僕がお前らなんか好きになるわけないじゃないか。守ってるんだ、守りたかったものを守っているんだ。証拠が欲しい。実証してほしい。愛しているのなら、それを見せて欲しい。お前らが僕を好きで愛してたって言うのなら、どうして帰りのバスで僕はいつも泣いてるの?僕は一切構わない。別の自分がこの闇色を怖がって泣いていたとしても、これは必要なんだよ、生きるために。僕の涙はきっと嫌な臭いがする。だから泣くことはない。代わりに、全身を怒りで満たしている。怒りは皮膚から発散されて、目に見えることはない。それに、僕の顔に怒りがよぎっても、こいつらのすることが変わるわけじゃない。安っぽいご機嫌取りが、子供をあやすやり方だって言うのなら、あんたたちは病気だよ。悪魔が取りついている。いいや、腐った心が悪魔をおびき寄せたんだ。だけどね、もし本当に悪魔だったなら、僕を愛することだってできたんだろうに。
 
 
 
 
 
140文字のアフタマス   31話
 
「何この音楽?」
 
「古いから知らないかあ。」
 
「好きだよ、別に。」
 
「じゃあ今度持ってきてあげるよ。」
 
「違法?」
 
「君の写真を持ってる方が違法かな。」
 
 このぎらぎらとして見慣れた感じは、帰ってきたってことだ。帰るべき場所か、不自由しない寝床か、それら両方の意味を持つ、全く無意味な街に。
 
「僕らはもう一度この道を通り過ぎる。」
 
「え?」
 
「歌の歌詞だよ。」
 
「わかるの?」
 
「わかるよ、英語だもん。君が窓に明かりを灯すから、どこへいってたか思い出せるよ。」
 
「へえ、それから?」
 
「お前は彼じゃないから、僕はもう会いたくない。」
 
 名無しが消えると、サヤが帰ってきた。サヤには悪魔的なところがあるから、僕が車を降りると雨が降ってきたのかもしれない。僕の好きな人は、僕を知りすぎて、頭をおかしくしてしまう。僕を知る頭のないやつを、僕は好きにはなれない。僕は好きになれる人には、必死で自分自身のことを隠そうとする。僕で狂っては欲しくはない。雨に濡れて歩いていると、頭の中のあいまいさが透き通っていく。僕は防水だけれど、僕の身に着けているものが防水ではなかったと気づくのには時間が要った。もしくは、人の手が要るだろう。知らないおばさんが、僕に傘を貸してくれて、イヤフォンの片方が壊れて音が出なくなっていることと、自分がずぶぬれになっていることとに、気づくことができた。傘を貸してやらなきゃいけないほどに憐れに見えたのなら、それは正しい物の見方だよ。
 
 
 
 
 
140文字のアフタマス  32話
 
「別にいいけど、どうしてサイゼリヤなの。」
 
「近いだろ、スープバーあるし。」
 
「それは、僕なら説明できるけど、していいの?」
 
「手短にね。」
 
「サヤも僕も、相手に合わせるのって慣れてるけど、宙はそういうの得意じゃないから。」
 
「ちょっと待てよ。サヤの家からここ近いんだって。」
 
「オリバーなら、家の目の前に牛丼屋ができたら行く?」
 
「行くよ、香港にいるとき、ひとりで食事していたよ。」
 
「かわいそうな話を笑顔でするのはやめて。それに、小学生じゃあるまいし、どうしてグラスにスープ入れてるの。そういう勇気は別のところで発揮してよ。」
 
「サヤが一番勇気あるよな。」
 
「絶対それ。」
 
「だけど、何でスープにコップを入れたんだ?」
 
「うっかりしてたんだ。」
 
「はあ。つまり、男らしい男しかここにはいないってわけか。」
 
「落ち着けよ。オリはスープにコップを入れちまうほど喜んでるんだぞ。」
 
「コップにスープでしょう。落ち着いてるから、あんたらとサイゼリヤなんか来てるんじゃない。」
 
「そうか。うれしいと人って、おかしな間違いをするもんだね。」
 
「アコースティックだな、俺らは。」
 
「当たり前でしょ。そこら辺にいるつまらない偽物だったら、こんな場所でじろじろ人目に晒されたりしない。」
 
「考えてなかったな。次からもう少し場所考えないとな。」
 
「人間は目があるんだから、人間は物を見ているんだよ。」
 
「私がいない間、ずっとこうだったの?」
 
「いや、もう少し暗いし静かだった。」
 
「僕を暗い奴みたいに言うのはよしてよ、僕が一番白いでしょ。」
 
「やっぱり近所は人目を気にできない子供がいるからだめ。」
 
「そうかもな。人間が多いのは嫌だな。そういえば、飯とかどうしてたんだ?」
 
 事の真相はこうだ。サヤのお父さんがサヤを連れ出して、サヤのお母さんはそれをことさら大げさに騒いでいただけらしい。だけど、それならどうしてサヤはどのSNSから連絡を取ってみても、返事をしなかったんだろう。サヤはプライドが高いから、肝心なことを隠しているに違いない。だけど、宙も僕も、そんなことは気にしない。僕ら三人が、またこうしていられることを楽しんでいる今に意味があるから、それ以上の意味を求める必要はない。
 
 
 
 
 
140文字のアフタマス  33話

 宙はサヤの前だと少しだけかっこつける。宙のおじいちゃんの話があって、宙が子供のころに死んだらしいんだけど、こんなことを言っていたそうだ。お前がひとりでぶらつく年になったら気を付けろ、長生きしたけりゃ会うやつぜんぶ馬鹿野郎だと思っとけ。宙は何度かこの話を僕にした。そしてサヤの前では、僕の知る限りでは一度だけした。その時の言い方はこうだ。お前もひとりでぶらつくときは気を付けろ、だけど守ることに費やして生きてる時間をすり減らすなよ。宙らしい改変だ。改良と言った方が、宙の勘の良さに敬意を表することができるかもしれない。僕は逆だ、男の前ではかっこつけるけど、女の子の前では適当だ。僕は宙と違って、なんとなく一目置かれるほど大きくはないから、そういう気づかいが長生きするためには必要だ。それも無意味だった。宙の子分はどう使ってみても、サヤを見つける助けにはならなかったし、面倒事を持ってくるだけの存在になってしまった。宙の言う通り、みんな助かっててもやるこたなかったんだ。彼女が走り出したら、僕らも走り出そう。僕らは散り散りにはならない予感がする。僕らは、僕らの親のように、ねじを抜かずにありのままであろうとしておかしくしてしまったような、そういう柔軟さのない大人にはなれないと思う。僕らはもうねじが抜けているから、割と自由がきく。これは僕の願いからくる勘かもしれないし、宙が島で借りたトラックにはっていた蜘蛛の巣を辿った占いの結果かもしれない。季節は秋になったけれど、僕らは夏を今やっている。週末には3人で会うようになった。宙はバイトの都合をつけてくれたし、サヤは安売りはしないと言って雑誌の端にのるモデルをやめた。
 
「僕ら、友達?」
 
「宙に聞いたら?」
 
「オリが決めればいい。」
 
「じゃあ、友達より家族の方がいい。」
 
「私は構わないけど。」
 
「家族は変だろ。もとは他人なんだし。」
 
「決めればいいって言ったじゃん。」
 
「決めていいとは、宙は言ってなかったってことね。」
 
「じゃあ宙が考えてよ。」
 
「そんなの自然の成り行きにまかせるままじゃだめなのか。それに、そんなにお互いを信用してないなら、友達でもなんでもないってことだ。」
 
「響くし、いいんじゃない?」
 
「二人がいいなら、僕もそれでいいよ。」
 
「こんな島、何もないと思って準備してきてよかった。」
 
「何買ってきたの?」
 
「オリバーの分は、コアラのマーチとコーヒー牛乳。」
 
「いやがらせ?」
 
「ミルクがなかったらコーヒー飲めないんじゃなかった?」
 
「そうじゃないよ。けど、ありがとう同じものでも好きな人からもらうと違うんだね。」
 
 この小さな冒険に、別れを告げなきゃいけない夕方がやってくる。僕らは来た時と同じフェリーに乗って、サヤと僕が延々と話すのを宙が聞いている。生きてることに時間を使ってるよ、ほら僕らは生きてるでしょ。生きていたいんだ。
 
「どうして俺の分がポリフェノール低カロリーなんだ?」
 
「家の冷蔵庫の中身だからかな。」
 
 
 
 
 
140文字のアフタマス  34話
 
 フェリーが故障して、定期便が止まってしまった。どうしても帰らなきゃいけないなら、島の人に頼んで船に乗せてもらうしかなかった。僕らは相談するまでもなく、サヤにこの交渉ごとを任せた。まず、女の子ということで警戒されないし、放り出したら危険だし、何よりいたずらだと勘違いされたりしないだろうっていう目論見だ。サヤがうまいこと話して、船を出してもらうはずが、いつのまにかおじいさんとおばあさんが住むだけになった家に一泊することになった。島に行こうという思いつきと感性は、紛れもなくサヤや僕のものではない。島で独力で生き抜かなくて済むのも、宙や僕の性質ではない。この状態を見越してパワーバンクを二人分用意してあるのは、サヤと宙のやり方じゃない。僕はこんな間違いがあればいいなと思っていた。僕らは、木製を回る衛星のように、普段は一つの惑星の周りを干渉し合わないように巡っている。だけど、あるときお互いの軌道の共鳴に気がつく。僕はきっと狂うように、惑星の周りを巡っていて何もかもが見えない。
 
「木星の衛星には、三つの面白い衛星があってね。」
 僕は部屋に一つしかない明かりの豆電球を指さした。
 
「知ってるぞ、それ。」
 
「え?」
 
「一番近いのが俺で、二番目がサヤ、三番目がオリだな。」
 僕よりずっと大きい手が豆電球の周りを三週する。どれも自然な楕円を描いていた。
 
「どうして?」
 
「見えてるだろ。」
 
「宇宙の話する前に、髪の毛乾かしたら?」
 
「ドライヤー終わったの?」
 
「古くて、時間かかって。それより、さっきの続きは?」
 
「オリはよく見てるなって話だよ。」
 
「そう、そうかもね。オリバーがいなかったら、こうしてないだろうしね。」
 
「二人がいなかったら、僕は昆布の細切りだらけの夕飯を食べることはなかったと思うよ。」
 
「お前がいなきゃ、三人で天井のない風呂を借りることもなかったろ。」
 
「オリバーがいなきゃ、ここに来るほど仲良くなってなかったっていうのは正しいでしょうね。」
 
 僕は二人のことが好きだ。サヤが女の子でよかったと思う。僕は自分が最後に死ぬなんて耐えられない。女の子は長生きだから、安心して僕は思い出を作ることが出来る。豆電球の灯りは、折り重なって無数の色があるように見えた。滲んで重なり合って、それでもすべての色は独立している。そこに感じられたのは宇宙ではなくて、サーカスだ。色のサーカスだ。あのクラウンは、きっと風船をくれて、僕の頭を撫でてくれる。僕を好きだと言ってくれる。サンドイッチを作り終えてナイフをしまい、手を洗う。そして、改めて、確信する。僕は、言えない。本当はとても好きだけれど、好きだなんて口に出せない。
 
「だから、僕が真ん中で寝なきゃならないの?」
 
 
 
 
 
140文字のアフタマス  35話
 
 恋をしたことがある?僕はまだないよ。だけど、あえて初恋の相手を限定しなきゃいけないとしたら、僕はお母さんの恋人だったと思う。お母さんをなだめるために、毎日2時間くらい話を聞くなんて、別に珍しい事でもなかったと思う。そういうのって、傍からみたら恋人たちみたいでしょ。だけど、僕を裏切った女なんか、絶対に許してやるもんか。彼は教えてくれた。僕が命をかけて守ろうとしていた神様は、すべてを知っていて、すべてに蓋をしたんだ。棺の蓋を、二人が外してしまう。軽々と持ち上げて、中にいた子供を起こす。それは知っているけれど、名前を思い出したくない誰かだった。この顔はよく知っている、けれど、全く違う人間の名前が思い出される。裏切ったのは僕だ。僕は、もうお母さんを愛し続けることができなくなってしまったんだ。いい子でいることに、疲れ切ってしまったんだ。愛したかったのに、愛せなかったんだ。
 
「音楽が聴きたい。」
 
「え?」
 
「音楽。」
 
「この部屋のピアノ勝手に使っていいのかなあ。何が聴きたいの?」
 
「わからない。」
 
「ヤマハのアップライト、これけっこう高そう。オリバー?」
 
「僕のメモリ、オルガンのメモリ、まだ残っているかな。残っているよ、誰も楽器には触らないんだ。ライオネス?え?サヤ?」
 
「まだしゃべりながら弾けるほどうまくないの。」
 
「なんでピアノでRoarなんだよ。」
 
「私はあなたに目を覚ましてほしいから。このピアノのうなり声で。」
 
「起きるよ。宙は?」
 
「漬物洗ってる。」
 
「漬物?」
 
「トイレ行ったところを、おばあさんにつかまったの。この部屋の息子さん亡くなったんだって。」
 
「どうして?」
 
「ピアニストになりたかったのに、おじいさんが反対したとか?」
 
「自殺?」
 
「音楽は人を喜ばせれば、人を殺しもするってことじゃない?」
 
「僕を起こしもしたよ。」
 
「高校行かないかな。」
 
「行きなよ。」
 
「いつ引っ越すの?」
 
「詳しいね。」
 
「グラニーがしゃべるからね。」
 
 おじいさんが開いていた部屋の扉の外で、朝ご飯を食べるよう勧めた。どうして部屋の前まで来て姿を見せないんだろう。居間に行く途中、台所でエプロンを着けた宙がいた。魚臭いのと糠臭いのとが半分半分する宙だ。これは僕らの作り上げた、僕らだけの世界だ。イチゴの描いてあるエプロンを見て、サヤが笑い、僕もつられて笑った。自然に笑えたと同時に、狂った日常という重力がもうこの世界にまとわりついていることに気づかされた。
 



 
140文字のアフタマス  36話
 
 僕が冷たいと思われる最大の原因は、終わりが近づけば近づくほど、その終わりを悟らせないようにふるまうことと無関係ではないと思う。お別れのメッセージを僕の親指に叩かせるなんて、もっとも僕からかけ離れた行為だ。宙やサヤに伝えるのさえ気後れするのに、毎日メッセージを送ってくる僕の懺悔仲間に、言うべき言葉なんて一つくらいしかない。これからはせいぜいばれないよううまくやりなよ、みんな僕みたいに狂っちゃいないんだ、って。愛だの恋だのが、本当に僕らの間に成立すると思っていたんだから、笑わせてくれる。あいまいで澄んでいた僕を通して、透き通っていたころに帰りたいと願うのは勝手だ。だけど、そんなつまらない寸劇に僕を付き合わせようとするのはもうやめてよ。今日はビタミンCのカプセルをたくさん飲んだ。きっと20粒か、もっとだ。血が汚れている気がする。僕は変な病気で死ぬのが怖い。彼はよく、僕があまりに見かねるようなことばかりしているから、いつも体の心配をしていた。だけど、あのときも、そして今のところも、僕は病気とは無縁の健康そのものだ。僕という透明のウイルスが、彼を殺してしまったのだろうか。いいや、彼はもともと死ぬつもりでいた。僕は彼のことが好きだった。僕を始めて愛してくれた大人だったからだ。僕は子供になりたかったんだろう。あまりに弱くて、自分の始末を自分でつけることすらできなかったのが、数年前の僕だ。何かを呪いたいと思うと、呪いをかける自分が一番呪われていることに気がつく。僕という楽器はみてくれはいいのかもしれない、だけど弾かれると人をおかしくしてしまうんだ。あなたは、あんなふうに泣いて笑ってくれたのに、僕は笑えないで泣いているばかりだった。いつか笑えれるようになればいいんだと、言ってくれたけれど、もう僕は笑いたくなんてない。明日は僕の誕生日だ。死んだ子供の年を数える人が、偶然に僕の生まれた日を祝ってくれているかもしれない。
 
 
 
 
 
140文字のアフタマス  37話
 
「願い事は決めた?」いいよ、そういうの、僕らしくないよ。昔はたくさん願い事があったけど、かなえるのに疲れたんだ。だから今いっこだけ願うとしたら、誰かほかの人が僕の身体を操縦できるようにならないかな。難病の人とかさ。僕は充分生きたから、残った願いはそれくらいかな。この体、もうあげるよ。
 
「ハッピーバースデー!オリバー!15歳おめでとう!」
 
「うれしくなんかないよ。」
 
「だからって、一生子供はいやでしょ。」
 
「さあちゃんの言うとおり、ちゃんと食べなきゃいつまでも手も脚も棒だよ。」
 
「グラニー、そのたとえ面白い!もう、棒って呼ぶかなしばらく。」
 
「勝手にしてよ。」
 
おばあちゃんとサヤが合わさると、いつも言いたい放題だ。僕が何か言い返そうとしているうちに、話はどんどん進んでいる。こういうときは、あえて会話には混ざらない。距離を置いて、第三者になるのがやけどをしないこつだ。
 
「ヒロくんは呼んであげなかったの?」
 
「グラニー、宙はこういうの苦手なの。ほら手の空いてる男子がケーキ切ってよ。」
 
「僕の誕生日でしょ?二人がやってよ。」
 
「グラニーがやると、りんご一つでも、切り方に文句がくるからねえ。」
 
「私がやったら原型を留めないかもしれない。」
 
「わかったよ。わかったから、iPhoneを僕に向けてインスタにストーリーあげる準備するのはやめてよ。」
 
「ストーリーじゃなくて通常投稿だから、思い出はずっと残るよ。」
 
「それもっといやじゃん。」
 
 誕生日が過ぎてから日を置かずに、GagaのAuraを歌った声でDiamond Heartを歌うことができなくなった。僕は新しい声とうまくやっていけるまでは、Joanneは聴くだけにしよう。僕の武器はしばらく、どこかに置いておこう。僕は傷だらけだけど、その傷だって輝かせることもできるかもしれない。僕の態度次第かな。それから色々あったけれど、あえて話す必要はないと思う。苦しい仕事じゃないよ。だって、それは誰でも経験することだから、いちいち言葉にしていたらくどいってだけ。どうしても聞きたければ、僕がそういう気分の時に聞いてよ。もうすぐお父さんが迎えに来る。片道だけの切符を僕に贈るという形で。
 
 
 
 
 
140文字のアフタマス  38話
 
 最後に二人から来たLineを見返していた。「元気でやれよ。」「遊びに行く、絶対。」返信を書く気にはとてもなれなかった。だから、ねーねーねこのスタンプを返しておいた。それが充分な答えかどうかはわからない。だいたい、僕は言葉が少なすぎるか多すぎるかのどちらかだ。

 ベルリンには二週間しかいない。その後は知らない。お父さんは未来があると言った、だから、お父さんを選んだ。それにお父さんは息子を欲しがっていた。未来はいい、昔に生まれたらたいへんだ。奴隷に生まれたかもしれない。革命で殺された人間の末裔であるお父さんが、未来があるというのだから、信じるに値する気がした。だって、命のかかった未来だろうから、それは。ホテルから出るなと言われたけど、すこし外の空気を吸いたい気分だった。一歩外に出て、来た道とは違う道を歩くと、空き缶を前に祈りを捧げる人間がたくさんいた。汚い身なりより、彼らの肌色に僕は寒気がした。生気を失った土のような肌をしたこれらが、別の生き物ではないことが不思議だった。そいつらには黒い毛がびっしり生えていて、あえて呼ぶならなら白と黒のなりそこない、だ。僕が鯨を食べたことがあることよりも、こいつらの方が野蛮なように思えた。だって、綺麗と思えるところがどこにもないんだ。僕の目は汚いものの中にあるきれいな物を探している。そして見つけた。歩道の端に並んでおかれている何かだ。子犬だ。捨て犬だ。犬くらい飼っても許してくれるだろう。僕は一度ホテルに戻って自分のキャリーバッグの中に、ナイキの箱でスペースを作った。ホテルに帰る途中、欲しくもなかったナイキのエアジョーダンを、箱欲しさに買った。お店の人は訛りのひどい英語だったけど、わからなくはなかった。だけど、あの明らかに不親切そうな店員の顔は、僕がこいつらの言葉を話しそうなものなのに、話すことができなかったことへの落胆と侮蔑からだろう。そんなことより子犬だ。子犬を拾いに戻りに行くころには、もともと薄暗い道がもっと暗くなっていた。早足で、いつでも走り出せる準備をして子犬のいた道に行くと、あれはおとなしく座っていた。どうせお父さんは帰ってこない部屋になるんだから、犬くらいいたっていいはずだ。もし半日はかかる鞄の旅をこの黒い子犬がナイキの箱で生き延びたら、ぶって育てよう。名前はオリバーだ。おかしくなってしまえ。おかしくしてしまえ。お前なんかいらない犬だ。僕が愛してあげる。大好きだよ、犬、いいや、オリバー。
 
「どうしたんだ、かばんが重いのか?」
 
「いいえ、違います。ちょっと道が悪かったものだから。」
 
「好きな映画を買っていいから、しばらくおとなしくしていなさい。」
 
「はい。」
 
 ここでなら、僕は正気になれる。正気になって自分を殺してしまえる。そうだ、お父さんが選んでくれた上着はデンマークのブランドでスキー用にも使えるジャケットだった。暖かくて、暗い所でも見えるからいいと言っていたけれど、かなり大きい。ブランドものみたいなのに、これかっこ悪いよ。お父さんも僕くらいの頃、このくらい大きなものを着せられていたんだと思う。そして、お父さんの読み通り、僕はこのスキージャケットでさえ小さくなるくらい大きくなるんだろう。お父さんは大きい。太ってはいないけど、背が高い。ねえ、お父さん。僕はひとりで選ぶなら映画は見たくないよ。昔、一緒に選んでくれた映画を繰り返し見るよ。
 
「お父さん。僕、寒くはないよ。」
 
「今は大丈夫でも、じきにとても寒くなるぞ。雪も積もる。」
 
「うん、そうだよね。ありがとう、これ。」
 
「痩せすぎだ。夕食にはアリシアも来るから、たくさん食べなさい。」
 
 彼は死ぬ前に言った、お父さんのことも愛してるなら、愛してるよお父さんって言ってあげなさいって。僕は怖くて言えなかった。僕がお父さんを愛していないことが怖かった。嘘をつくのがとても怖くて、何も言えなかった。だって、今度は自分が一番で、仕事が二番で、アリシアっていう人が三番で、僕は何番目だっていうの。それでも、お母さんやお姉ちゃんに比べれば、僕の順位は高くなりそうだね。ジャケットの下の汗は、サヤが消えた夏の始まりと同じ感覚を僕の体の中に催させた。宙、今ならわかるよ、僕らはアコースティックだ、ずっと。
 
 
 
 
 
140文字のアフタマス  39話
 
 宙は工夫をして高校を出たことにして、けっこう有名らしい大学の理工学部に入った。そして、料理人になった。なぜかは僕にはわからない、いつもこういう回り道を宙はやるんだ。サヤは高校に通ってるとき、作った歌がたまたまあたってシンガーソングライターっていうのになった。それから政治家になりそうになって、女優になった。僕はと言えば、イギリスに狭い土地を買って羊だけの牧場を作って暮らしている。大学はやめた。聞いたことのある話をありがたがるのは、僕の得意分野じゃない。宙は年に数回仕事があるときに僕の牧場兼農場に寄るし、サヤは毎年のなんとか整形をマンチェスターで受けては僕の農場に休みに来る。表向きは、長期休暇ってことらしい。普段はここで、リアンと二人で暮らしている。リアンは多分年下で、アメリカ人で、少し頭が弱い。ごめんなさい、僕はあなたの託したような夢、ウィル・ハンティングみたいには、なれなかったよ。でも代わりに、農場成金っていうのに、なろうと思うよ。そのための計画はあるからね。

 この前の夏、サヤが帰った後、僕とサヤが農場でキスしていた写真が出回って、サヤは大変な目に合ったらしい。それを知ったのはサヤがまた失踪して、宙から連絡があった時だった。別にサヤとキスなんて、先生と会っていた頃からしていたよ。僕らは約束を破っちゃいない。彼女が走り出すとき、僕らも走り出している。
 
「リアンは、羊が好き?」
 
「羊はいい。」
 
「僕ら羊を売ってしまおうか。」
 
 その日の夜、今はもうなくなったアカウントへ向けて僕は最後のツイートをノートに書いた。
 

@****
ぼくはあいした
ぼくがあいするように
ぼくはあいした
 

 犬のオリバーはたまにどこかに隠れていなくなる。一人の時間が欲しい犬というのは、猫みたいなものだ。その割に妙に人懐っこいところもあって、真っ黒の毛の中のきらきら輝く丸い目を、みんな好きになる。無理して好きになる努力をするくらいなら、嫌いなままでいい。あるがままのありのままでいい、って憎むなら憎み続けてもいい自由もあるということでしょう。
 
 
 
 
 
140文字のアフタマス  40話
 
 生きていることは本当に面白くない。無味無臭の水で口をすすぎ続けているようだ。オリバーのやつあと何年、生きるつもりだ。僕に犬の介護なんてさせてやがって。あいつ、餌は抜きだ。もう20数年にはなる。ああ体が痛い。好き勝手やりやがって、体が裂ける。今に見てろ、お前なんかと寝なくたって僕は別にいいんだ。はは!ははははは!愛してるよって、なあ犬はわからないだろう!僕がどれだけ愛してたって、この飼い主はぶつやつだった。餌も時々だ。なあ、わかってくれないか?僕はお前を愛しているんだよ。小雨の中バイクを飛ばして、農場に着くと、リアンが窓から外を見ていた。リアンは僕が飼ってる白痴だ。頭が弱い。僕は別に自由が恋しいわけじゃない。どちらかといえば、まったくの不自由の方が、僕にとってはしたわしいものなんだ。サヤがマンチェスターで使っている車が停まっていた。お金があるなら、どうしてもっと暖かいところにアパートを買わなかったんだろう。暖かいってのは、人間のことだよ、もちろんね。窓からリアンの顔が消えると、サヤが玄関の扉を開けて僕を出迎えた。合鍵なんて気軽に人にやるものじゃない。サヤはオリバーを抱えながら、何か言おうとした。だからまず、僕が口を聞くべきだと思った。
 
「大女優のサヤさんにおむつをかえさせるなんて、とんでもない犬だな。」
 
「何度言えばいいの、私は歌手、ドラマはやれってうるさいから断れないの。それより、宙がヨークに来るんだって。なんか料理を教える仕事があるらしいよ。」
 
「宙は僕に会いには来ないよ。」
 
「オリバーが行けばいいでしょうが。」
 
「こいつ老人だから動かせやしないよ。」
 
「工業用オリバーの話してんのよ。」
 
「整形はうまくいったの?」
 
「人聞きの悪い言い方やめて、アンチエイジングなんだから。」
 
「やだね!絶対宙になんか会いにいくもんか。僕はどんな顔していけばいいんだよ!こんなクソジジイになって僕はどの面下げていけるんだ!」
 
「宙は、どんな顔してるあんたも、別に馬鹿にしたりしないでしょうよ。それに、みんな年取ったの、それでもあんたは一番若いじゃない。」
 
「いやだ、もういやだ。愛していたんだ。本当に、心から。」
 
「愛してるだけじゃわからないのよ。人は愛を形で示さなきゃわからないの。わかってあげられないの。」
 
「僕は示せなかった。示し方を知らなかったんだ。」
 
「示さなかったのよ。ねえオリバー。あんたは、昔からプライドが高いから、自分の感じてることなんておいそれと口には出せないの。」
 
「僕はどうすればいい?」
 
「まずその血のシミのついたパンツを交換することから始めないと。というかズボンどこにやってきたのよ。え、あんたずいぶん綺麗なお尻してるのね。」
 
「女の言うことなら信じてもいいよ。」



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